4 / 4
エピローグ
荒れ屋の一室で、一人の整った顔立ちの男が文机に向かっていた。
なにやら妙に嬉しそうなその男は、上品な色合いの薄様 の紙に美しい女文字で何かを書いている。
やがて庭先に別の男が現れた。
文机に向かっていた男は、待ち構えていたとでもいう様子で庭先の男に話しかけた。
「おかえり、ご苦労だったね。
それで、うまく後はつけられたのかい?」
「ええ、問題なく。
例の男は、右大臣の屋敷へ入っていきましたよ」
「ああ、そうするとおそらく右大臣の下の息子だな。
確か蔵人 だったはずだ。
道理で宮中で見たことがあるような顔だと思ったよ。
そういうことなら、後朝 の文は直接渡してやった方がいいな」
うきうきと楽しそうな様子に、庭先の男はため息をつく。
「本当にもう、いいかげんにしてくださいよ。
いくら男好きだからといっても、宮中で嘘の噂を流して、それに引っかかった男を食いまくるとか、悪趣味にもほどがあります」
庭先の男は家人 らしい格好をしているが、文机の前の男に対する遠慮ない物言いからして、乳母子 か何かなのかもしれない。
その証拠に、文机の男も特に怒った様子はなく、苦笑しているだけだ。
「失礼なやつだな。
食いまくるというほど食えてないのは、お前だって知っているだろう?
たいていは途中で逃げられてしまって、ちゃんと最後まで食えたのは昨夜の彼だけじゃないか。
まあ、どちらにせよ、もうこんな遊びを続ける必要はなくなったけれどね。
何しろ私にはもう、夫婦の──妹背 の契りを交わした相手がいるのだから。
ん? しかしよく考えたら互いに相手を『背の君』と呼んでいるのだから、背背の契りとでもいうべきか?」
男が首をひねっていると、乳母子はあきれた様子でため息をついた。
「どちらでも構いませんが、そろそろお支度をしないと、内裏へ参内するのに間に合わなくなりますよ」
「おお、そうだな。
もし昨夜の彼が参内して来ていれば、また会えるだろうし、急がねば」
そう言っていそいそと書き上げた文を折りたたんでいる男を見て、乳母子はまたため息をつくと荒れ屋の中に入っていった。
ともだちにシェアしよう!