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エピローグ

荒れ屋の一室で、一人の整った顔立ちの男が文机に向かっていた。 なにやら妙に嬉しそうなその男は、上品な色合いの薄様(うすよう)の紙に美しい女文字で何かを書いている。 やがて庭先に別の男が現れた。 文机に向かっていた男は、待ち構えていたとでもいう様子で庭先の男に話しかけた。 「おかえり、ご苦労だったね。  それで、うまく後はつけられたのかい?」 「ええ、問題なく。  例の男は、右大臣の屋敷へ入っていきましたよ」 「ああ、そうするとおそらく右大臣の下の息子だな。  確か蔵人(くろうど)だったはずだ。  道理で宮中で見たことがあるような顔だと思ったよ。  そういうことなら、後朝(きぬぎぬ)の文は直接渡してやった方がいいな」 うきうきと楽しそうな様子に、庭先の男はため息をつく。 「本当にもう、いいかげんにしてくださいよ。  いくら男好きだからといっても、宮中で嘘の噂を流して、それに引っかかった男を食いまくるとか、悪趣味にもほどがあります」 庭先の男は家人(けにん)らしい格好をしているが、文机の前の男に対する遠慮ない物言いからして、乳母子(めのとご)か何かなのかもしれない。 その証拠に、文机の男も特に怒った様子はなく、苦笑しているだけだ。 「失礼なやつだな。  食いまくるというほど食えてないのは、お前だって知っているだろう?  たいていは途中で逃げられてしまって、ちゃんと最後まで食えたのは昨夜の彼だけじゃないか。  まあ、どちらにせよ、もうこんな遊びを続ける必要はなくなったけれどね。  何しろ私にはもう、夫婦の──妹背(いもせ)の契りを交わした相手がいるのだから。  ん? しかしよく考えたら互いに相手を『背の君』と呼んでいるのだから、背背の契りとでもいうべきか?」 男が首をひねっていると、乳母子はあきれた様子でため息をついた。 「どちらでも構いませんが、そろそろお支度をしないと、内裏へ参内するのに間に合わなくなりますよ」 「おお、そうだな。  もし昨夜の彼が参内して来ていれば、また会えるだろうし、急がねば」 そう言っていそいそと書き上げた文を折りたたんでいる男を見て、乳母子はまたため息をつくと荒れ屋の中に入っていった。

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