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第5話
幸彦は宮司 が不在の拝殿 に上がり、膝をついて手を合わせる。
昔行ったことのある昇殿 参拝 を懐 い出しながら、しかし、昔とは違って強く神を念 いながら祈りを捧げる。
『どうか、どうか、洗熊に救いを……。いや、私に救いを……。洗熊から心離れぬ私にどうかご慈悲を……』
参拝を終えた幸彦は拝殿を後にし、そのまま来た道を戻っていく。
積雪が多いこの山は、以前遭難者が相次いだこともあり、冬季の間入山が禁止される。
今はもう入山する者など幸彦くらいしかいないのだが、調度明日から雪解けまでが封鎖期間だ。
この寒い冬の短い期間だけは洗熊も、そして幸彦も護られる。
『もし、もしも万が一まだそこに居るのなら、貴方だけでもどこか遠くに……』
心の何処かであげている自分の叫び声につられるように一度だけ神社を振り返った。
何かが目に映ることを微かばかりでも期待してしまった自分に苦笑しながら、今度こそ幸彦は山道を下って行った。
その目は既に、前だけを、住人の住む麓の村だけを見据えていた。
幸彦は最後まで気が付かなかった。
幸彦が境内に入ってからずっと、そして去っていくその後ろ姿もずっと、見つめている存在がいたことを……。
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