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第4話

今にして(おも)えば、「洗熊が語りかけてきた」などと考えることは非現実的であるし、「すり寄ってきた」と感じたのも、当時小学生にも満たなかった幸彦の思い込みかもしれない。 そもそも、目の悪い洗熊が幸彦の涙などみえたのだろうか。 仮にその全てが現実だったと仮定しても、その出来事は他人からみれば取るに足らないことかもしれない。 しかし、幸彦は自分でも分からないほどその出来事に捉われている。 20年も昔のことなのにその思い出だけは今でもはっきりと記憶を呼び覚ますことが出来る。 あの時聞いた声が今も鮮明に再生される。 洗熊の後ろ姿がたまに目の前をちらつくぐらいには、「あの洗熊」は幸彦の心に入り込み、今も変わらず住み着いている。 上役に、この記憶を話してみようかと考えたこともあった。 「自分の役目」と「洗熊への想い」の狭間にある苦悩を誰かに話すことで楽になろうとした。 しかし、一体何処の誰が「洗熊は私の大切な存在だ」などといった馬鹿げた話に耳を傾けてくれるだろうか。 きっと、幸彦の頭がおかしくなったと思われるに違いない。 最悪の場合、折角手にした職も失いかねないだろう。 それに、幸彦だって村人の役に立ちたいという気持ちもあるのだ。 幸彦が小さい時から何かと世話を焼いてくれた近所のおばあちゃんは、畑の被害のせいで最近めっきり笑顔を見せない。 幸彦は今、両手に大切なものを抱えている。 右手に洗熊。 左手に村人。 片方を捨てて、両手で抱えなければいけないのなら取るべき方は初めから決まっている。 それなのに、幸彦は手放すどころかより必死に右手に力を込めてしまっている。 2週間前よりも一週間前、一週間前よりも昨日、そして昨日よりも今日。 その力は強くなっている。 洗熊の寿命から考えても当時の「あの洗熊」がまだこの場に居るなどとは幸彦も思っていない。 それでも、捕獲にすら踏み切れなかった幸彦がどうして駆除に乗り出せるというのだろうか---。

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