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姉さんが残した傷痕とのぞみ
お昼前まで布団の上でゴロゴロして、川木さんが来る前にシャワーを浴びよう、とお風呂場に行こうとしたら、
ピピピーー‼
固定電話の内線が鳴り、受話器を取ると、下の事務所の女性スタッフからだった。
『ナオさん、今、お昼のお弁当をお持ちします』
「はい、ありがとうございます」
受話器を戻し、一分もかからず呼び鈴がなった。恐る恐る、玄関のドアを少し開け、外を覗き込むと、若い女性がレジ袋を手に立っていた。
「初めまして。庶務の伴と申します」
「皆木ナオです。宜しくお願いします」
彼女からお弁当を受け取り、何気に回りを見渡すと、パトロール中の数人の警備員さんの姿が見えた。階段の下にも、私服の二人の警備員さん。
「これだけじゃないのよ、外にも、警備員が何人も立ってるわ」
「そうなんですか」
「橘内さんは、ここまで厳重にしなくても・・・って、言ったみたい。でも、鏡さんが、『槙家の大事な嫁』だからって言って・・・。ナオさん、極力外出は控えて下さい。もし、買い物に行くときは、事務所に声を掛け、必ず、下の二人を同伴して下さい」
伴さんの言葉に耳を疑った。
今、確かに、『槙家の大事な嫁』って・・・。
僕の聞き間違い⁉
「鏡さん、きっと恥ずかしいのかも。こんな可愛らしい方が、槙先生のお嫁さんだから。変なところでプライドが高くて、面と向かっては、言えないんだと思いますよ。事務所では、ナオさんの事、槙先生の奥様と呼んでますよ」
恥ずかしいから、普通に呼んでよ。
お願いだから。
でも、そう言って貰えるなんて、なんか、嬉しいかも・・・。
にわかには信じられないけど。
だって、いっつも怖い顔をして、厳しい、あの鏡さんが。
「何かあったら、すぐ、連絡下さい」
軽く頭を下げると、伴さんは、事務所へと戻っていった。
こんな僕を、一樹さんのお嫁さんとして認めてくれてありがとう。ちゃんと、感謝しないと。
ドアを閉め、レジ袋をテーブルに置いて、今度こそ、お風呂場に行こうとしたら、また、内線が鳴った。
『ナオさん、すみません。警察の方がみえられてます
「分かりました」
受話器を戻すと、再び、呼び鈴が鳴った。
急いで玄関に向かい、ドアを開けると、大木さんと、もう一人、五十代くらいの眼鏡を掛けた女性が立っていた。僕を一目見て、何故か、大きく目を見開いた。
「取り敢えず、中に入りませんか⁉」
二人を招き入れ、テーブルへ案内した。
「昼飯まだなんだろう。食べながらでいいぞ。俺らは、先、食べてきたし。あと、お茶もいいから」
「でも・・・」
「本当に、気を遣わなくていいから」
川木さんに念を押され、椅子に腰を下ろした。
「私は、児童養護施設『ルピナスこども園』の園長をしてます、渡会と申します。吉澤ナオさん、今は、皆木の苗字になったと伺いました。とてもいい方に巡り会えて良かったですね」
彼女とは初対面だけど、ルピナスこども園は、知ってる。母を亡くし、姉も行方不明で、身寄りがなかった僕は、ここに引き取られる予定だった。でも、海斗の両親が、待ったを掛けて・・・。市の福祉課や、児童相談所の職員に、何度も頭を下げ、家裁にも何度も足を運び、僕を養子に迎えてくれた。
「実の子供の様に可愛がって貰ってます」
「貴方の幸せそうな笑顔を見れば、分かります」
「あの・・・何で、わざわざ、僕に会いに来たんですか⁉」
「それは、貴方に引き取って貰いたい子供がいるから・・・お姉さんの早織さんが、産んだ女の子を、『自分の子』として、育てて欲しいの」
「姉さんに、子供が・・・嘘・・・」
予想だにしていなかった事に、ただ、ただ驚くしかなかった。
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