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大好きな二人と‼
季節は駆け足で巡り・・・。
夏から秋へーー。
「いらっちゃいませ」
すっかり看板娘が板についたのぞみちゃん。
ピンク色の裾がふりふりのエプロンを身に付け、今日も、お客さんに屈託のないその笑顔を振りまいている。
のぞみちゃんが、家に来て、早いもので一月。
最初、おじさんたちになつくか、すごく心配したけど・・・。
おじさんも、おばさんも、我が子の様に、のぞみちゃんをすごく可愛がってくれて。
いつもニコニコ笑って、優しく接してくれる二人に、のぞみちゃんの警戒心も徐々に薄らいでいったみたい。
今ではすっかりなついて、お店のお手伝いを喜んでしてくれるようになった。
看板娘の、のぞみちゃんに会いに、毎日パンを購入してくれるお客さんまで現れて驚きの連続。お陰で、お店が繁盛して、おじさんたち嬉しい悲鳴を上げていた。
少しずつだけど、おじさんの手伝いをさせて貰う様になった。パンの生地を捏ね、グラムを計って、それを成形するーー。一連の作業を、一生懸命、僕に教えてくれる。
無口で、仕事には厳しいおじさん。
でも、褒めてくれる時はいっぱい褒めてくれる。だから、一緒に働くうち、僕に夢が出来た。通信制の高校に進学し、製菓の専門学校を目指し勉強して、いずれは、おじさんの跡を継ぎたい。
「ナオ、ここにいた」
鉄板に、丸く形を整えた生地を並べる作業をしていたら、海斗がひょっこり顔を出した。
「一樹、帰ってきたよ」
「本当⁉」
「嘘ついてどうするんだ。一段落したらおいで」
「うん、分かった」
一気にテンションが上がる。
週末には、必ず、帰省してくれる一樹さん。でも、ここ三週間は、忙しくて帰省してこれなかったから、会えるのがすごく、嬉しい。
でも、海斗に焼きもち妬かれそうで、ちょっと恐いかも。
「ナオ、それが終わったらいいよ。一樹さんの所に行ってあげなさい」
「でも、まだあるから」
「新婚の時期はあっという間だぞ。一樹さんの事、待たせるとかわいそうだろう」
おじさんにそんな事を言われるとは思ってなかったから、ビックリした。
白衣と、白帽を脱いで、おばさんにのぞみちゃんを頼んで、家に急いで戻った。
「一樹さん‼」
玄関で靴を脱ぐのもまどろっこしい。なかなか脱げずに苦戦していると、僕の名前を呼びながら、一樹さんが駆け込んできた。
そのまま、ムギューーッとハグされ、ギュッーーッと力強く抱き締められて。
ふわっと、体が宙に浮いたかと思ったら、リビングのソファーへ速攻で連れていかれた。
チュッ、チュッと一樹さんと、海斗の口付けが絶え間なく降り注ぐ。
くすぐったくて身を捩ると、ダメェーー!!と頬っぺたを膨らませて一樹さん。
三十歳になったのに、まだまだ子供で、甘えん坊さんで。そんな彼が可愛いくて愛おしい。
「一樹ばっかズルい‼」
焼きもちを妬いた海斗が、服の上から、胸の小さな突起を甘噛みしてきた。
もう、それだけで、ジンジンと体が疼きはじめた。
「このまましよう‼」って一樹さん。
ものすごく、目が輝いている。勿論、海斗も。
でも、その甘い雰囲気はあっという間に終わった。
「パパ、めっけ‼」
後を追い掛けてきたのぞみちゃんによって。
「かずにいに、かいにいにも、めっけ‼」
ただでさえ狭い所に、構わず乱入してくるのぞみちゃん。邪魔されてむすっと機嫌が悪くなるかと思ったら、二人ともニッコリ。自然と笑顔の花がさいた。
「のぞみちゃんね、ふたりとあそびたい」
「じゃあ、何する⁉」
「かくれんぼ‼」
「じゃあ、のぞみちゃん、隠れて」
「は~い‼」
二人に言われ、するりと膝の上から降りると、パタパタとどこかに走っていった。
十を数え、おっきい体を器用に曲げて、あちこち探す二人の姿は滑稽で。
笑いを必死で押さえた。
幸せという名前の、何気ない日常が、のどかに、穏やかに過ぎていくーー。
いつまでも前を向いて歩いていこう。
母を亡くした僕に温かな手を差しのべてくれたおじさんと、おばさんに、ありがとうの心を決して忘れずに。
そして、橘内さんや、鏡さんや、一樹さんのお父さん・・・お世話になった、たくさんの方々に感謝しながら。
姉さんと、神様が与えてくれた、かけがえのない娘と、二人の甘えん坊と、いつまでも手を取り合い、生きていく。
さびしがりやに舞い降りた恋は、愛に変わり永遠に続いていくからーー。
終
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