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1. 白のさざ波
視界に広がるのは、どこまでも続く青。 ゆらゆらと揺れながら 、手前から奥へと、次第に色濃くなってゆく。時折そのうねりは大きく膨らみ、熱気を連れてこちら側へとやってくる。聞こえてくるのは、水が砂を引きずる音、遙か上空でゆっくりと旋回する鳥の声。
透 はじっと座って、海を眺め続けている。どれほど時間が経ったのかもわからない。その間に太陽は上の方から容赦なく照りつけ、白い砂浜を焼いている。
「海は青いなぁ……」
もう何度目になるかもわからないほど繰り返した言葉を、再びつぶやいた。三角座りの膝に腕と顎を乗せて、上目遣いに海を眺めながら考える。
(そう、これはバケーションなんだ。俺には休みが必要だ)
顔を伏せれば一瞬にして目の前が暗くなり、そのまま意識だけが、日本へと戻っていく。
「別れてくれないか」
休みが取れたと連絡があって、週末に透の家で会う約束をしていた。久しぶりに顔を見ることができる、それだけでそわそわと落ち着かず、部屋を入念に掃除することで気を紛らわせていた。エアコンを付けても暑さが和らぐことはなく、汗が気になって慌ててシャワーを浴びる。チャイムが鳴り、はやる気持ちを抑えて部屋に招き入れた瞬間に、その言葉を告げられた。
「なんで……?」
「お前と一緒にいるのは楽しい。だけど、先が見えないんだ」
先が見えない?そんなこと、誰と一緒だって、変わらないじゃないか……そんな透の表情を読み取ったのか、彼は早口で続ける。
「男同士で、このまま二人で過ごしていく覚悟が、俺にはできなかった」
あぁ、そういうことか――――
荒れ狂っていたはずの感情が、急速に勢いを失くしていく。もともと彼は男性を好きなわけではない、そのことはわかっていた。それでもこの一年間で、自分が彼を想うほどでなくても――少しでも愛というものを抱いてくれていると、そう思っていた。しかし現実に訪れたのは、自分だけがくるくると、何も気づかず踊っていたという、滑稽な結末だった。
不思議なことに、悪い出来事は必ず同時にやってくる。
翌日、ずぶずぶと沈み込んでいきそうな身体を無理やり引きずって、取引先へと向かった。
「御社との取引をね、やめさせていただこうと思っているんですよ」
拍子抜けするほどあっさりとした調子で告げられる。
「最近は海外のモノも充分に品質が高いですから」
「何よりコストを下げないといけないでしょう?」
「うちも利益が出なければ商売できませんよ」
それでも長い年月をかけて築き上げてきた信頼というものがあるはずだ。そう言っても、結局は利益のためだと取り付く島もない。
「より良いものに乗り換えようということに、何の問題があるんですか?」
これは仕事の話。そうわかっているのに、透はまるで自分自身のことを言われている気分になった。相手にとって価値が低くなれば、見向きもされなくなる。そう、何も問題はない。ただ輝かしい<先 >へ向かって歩いて行く後ろ姿を見つめながら、自分だけがぽつんと一人取り残されて、身動きもとれなくなるだけだ。
なんとか結論を保留してもらい、会社へ戻って報告を終えたときには、精神的にも肉体的にも吐きそうなほど疲れ果てていた。外はすっかり暗くなり、街の灯りがチカチカと目に刺さる。体中に纏わりつく生温い空気も鬱陶しく、早く帰りたい一心で足早に歩く。そのとき、ふと幟 に書かれた大きな文字が目に飛び込んできた。
『サマーバケーション!この夏、最高の思い出を作ろう!!』
「バケーション、ねぇ……」
今の気分にはまったく響かない謳い文句に、少しだけうんざりとする。煌々と光る看板の下には、カラフルな冊子やチラシが多数並べられていた。なぜだかその色彩にふらふらと吸い寄せられ、おもむろに一つの冊子を手にする。ぱらぱらとめくり、偶然開いたページの片隅に載せられていた小さな写真。その青に目を奪われ、息を呑む。透の足は、無意識に店内へと向かっていた。
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