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第1話

たった一言の言葉を口にする事なんざ手前の腹に一発喰らわすより容易い。 其れでも今日此の瞬間まで口にしなかったのは機会に恵まれ無かったってのもあるが、何よりもそう―― 「俺が此の科白を口にする事を、手前が一番期待してやがるからだ……!」 形勢逆転も何も無い。抑々俺と出逢った時点で手前に逃げ場なんて無い。厭、逃げる気すら初端から無ェのか。見付けた心算すら此奴の計算だったのかもしれない。其れでも佳い、そんな事は如何でも佳いんだ。俺が手前を捕まえた。目前の状況が凡てだ。 今迄と違うのは、此奴の軽口が無い事。態と俺に見付かる処を歩いて、誰も見て無い場所まで逃げ込んで――抵抗すらせず俺に乗位体勢を取られ喉元に短刀を突き付けられても逃げる素振りすら見せずに俺の言葉を待っている。そうやって俺から最悪の一言を引き出そうとしてやがるんだ此の悪魔は。 云えば終わると解っているのに。 云えば此奴が受け入れる事も解っていた。だから今迄云わなかった。 随分時間の掛かる鬼ごっこだったじゃねぇかよ太宰。 今此の手を離せば二度と太宰は俺の前に姿を現さないだろう。最初で最後の好機って事だ。 こんな下らない事で。

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