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第3話(完)

おい! 何やってんだ!」  目に飛び込んできた信じられないような姿の瀬名(せな)に、俺は制服姿の男に大声をぶつけた。 「あ……先生?」  大声に驚いた男がこちらを向いて本棚に押し付けていた体から手を離すと、俺を見た瀬名が目を見開きながら床に崩れ落ちる。 「瀬名! 大丈夫か!?」  膝をついた瀬名に駆け寄ると、俺とすれ違うようにして男は走り出し離れていく。 「ち、違うんですよ! こいつが誘ったんです!」 「お前……」  瀬名の肩に手を置いて支えながら顔を上げると、男は焦った表情で走り出しそのまま本棚の向こうへと消えていった。 「おい! ちょっとま――」 「んっ!むぐぐ……っ」 「瀬名?」  男を追いかけようとした俺を止めるように身体を寄せてきた瀬名を見ると、後ろに合わせられている相手の両腕が、ガムテープできつく巻かれている事に気づく。 「いた……っ」 「少しだけ、我慢しろ」  力の抜けた体を支えながら口元と腕に巻かれているガムテープをゆっくりとはずすと、瀬名が大きく息を吸った。 「……何してんの?」 「は? 何って――」 「俺が保健室に行かなかったんだから、さっさと帰れよ」  座りながら力の入らない手で俺を押しのけようとする瀬名の頬に手を添えて、視線が合うように顔をこちらへ向けさせる。 「お前こそ、保健室来ないで何してんの?」 「……もう、いかないから」 「なんでだよ、いきなり」 「さっきの先輩、去年告白されたんだけど。これから、毎日キスしてくれるって言ったから」 「……はぁ?」  無理に顔を逸らそうとした瀬名の顎を掴んでもう一度視線を合わせた俺は、わざと低い声を出して相手と額を合わせる。 「あいつ、無理やりろうとしてたよな?」 「……交換条件だから」 「キスで舌も入れたくないのに、あいつとするのか?」 「それは……」 「なんで俺じゃダメなんだよ」 「教師……だからだろ」 「今更?」 「だって、今日言ってただろ。男子生徒の問題なんて、抱え損だって」 「あー、あれか」  額を合わせたまま瀬名の視線が下がるのを見た俺は、八崎に殺意を覚えつつ相手の顎から手を離して寄せた鼻先を軽く触れさせる。 「あれは瀬名が来るタイミングが悪かっただけで、俺はそんな事思ってないよ」 「別にキスできれば俺は誰でもいいから、先生が問題起こしてまでやる事じゃないし」 「俺が、お前の事好きだって言っても?」 「え……っ……んっ」  俺の言葉に驚いた表情を浮かべた瀬名の唇に、一瞬だけ俺の口が触れる。 「放課後、瀬名が来るのが待ち遠しい。リップ塗らないのは悪かったけど、でも俺はお前と毎日キスしたいよ」 「……本気にしてもいい?」 「瀬名がさっきの奴より俺を選んでくれるなら、大切にするよ」 「……それなら」  いつもは意地の悪い笑顔を浮かべながら積極的に唇を重ねてくる瀬名が、眉を下げ不安そうに軽く触れるだけのキスをしてきた。 「俺だけに見せる顔、見せてよ」 「瀬名だけに?」 「教師じゃなくて、俺の事好きな男の顔を見せてよ」  眼鏡をかけていない、無表情じゃない素の顔をした瀬名が、今俺を見ている。  そんな瀬名が愛しくて、俺は両手で相手の頬を優しく包み込んだ。 「裕貴(ゆうき)、好きだよ」 「え……それ名ま――」 「素直なお前って、可愛いんだな」 「ば……っ! 何言ってんだよ!」 「今の俺は、お前の事好きな男の顔してるだろ?」 「いやそうじゃなくて、普通はそこで激しいキスとか……」 「キスしたら、近すぎて顔見えないだろ」  頬を両手で包み込んだまま顔を寄せると、ゆっくりと瀬名の顔が赤くなっていく。 「俺、お前が照れてるの初めて見たわ。いつも余裕の顔でエロいキスしてきたもんな」 「ば……か、見んな! エロおやじ!」 「はぁ? オヤジじゃねーよ。でも、お前照れてる顔も可愛いな」  あの日、ここで初めてキスをしてから何度も唇を重ねたけど、今まで瀬名が照れたり顔を赤くする事は一度もなかった。 「なあ、瀬名は俺の事好き?」 「……わからない」 「え?」 「正直、今はわからない。でも久しぶりに他の奴とキスしたら、なんか気持ち悪かった。先生とするキスは……気持ちいいから好きだよ」 「顏真っ赤にしておいて、わからないとか言うか?」 「本心だよ、嘘はつきたくないし」  俺は、まだ瀬名の事をあまり知らない。  何故キス依存症になったのか、普段教室でどんな事を考えて過ごしてるのか。  今までは知らなくても、それでいいと思ってた。  でも、これからは…… 「裕貴」 「え?」 「舌、入れてみていい?」 「あー、うん。いい……んっ……っ」      でもこれからは、ちゃんと話し合って知っていこう。  そして、瀬名のすべてを受け入れてやりたいと思う。  俺達二人はもう……『キスだけの関係』じゃないのだから。  

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