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第2話

 瀬名(せな)とキスをするようになったのは、三ヶ月程前から。  資料用の本を図書室で探している時、奥の本棚の間で瀬名が倒れているのを見つけたのがきっかけだった。  床にうつ伏せになっていた身体を抱き上げて確認すると、相手は血の気の引いた顔で荒い呼吸を繰り返していた。 「……キス……して」  薄く目を開いた瀬名は、震えながら伸ばしてきた腕でしがみつくようにしながら、俺に小さくそう言った。  ここは学校で、相手は生徒で、俺は男で……。  一瞬沢山の言葉が頭の中をよぎったけど、相手の表情があまりにも弱々しくて……助けてやりたくなって。  気がつくと、俺は瀬名と唇を重ねていた。 「……あれが、失敗だったのかな」 「そうか? 仕方ないと思うけどな」 「え?」  ふいに肩に置かれた何かの感触に驚いて辺りを見回すと、昼休みで賑わっている職員室の隅で俺は同僚に肩を叩かれていた。 「まあ高校生にとってスマホは一番大事な物だと思うけど、校則上学校で鳴らしたらアウトだからな」  同僚の八崎(やざき)が目の前の机に置かれた青いカゴの中を覗く様子を見て、今の状況を思い出す。  俺は生徒のスマホを没収してから職員室に来て名簿に記入している間に、瀬名の事を考え始めてしまったらしい。 「しかし、男子校は夢がなくてつまらないよな」 「そうか?」 「色気がある展開も期待できないし、生徒は生意気だし問題も抱え損だよなー」 「お前、それは……」 「淫行教師」 「え!?」  突然背後から聞こえてきた声に八崎と二人で驚いて振り向くと、そこには黒縁の眼鏡をかけ無表情で立つ瀬名の姿があった。 「に、なるよりマシじゃないですか? ねえ、小野先生」 「ああ……まあ、そうだな」  なんでこのタイミングなんだ……。  俺を見る眼鏡のレンズ越しの瀬名の目は冷たく細められていて、なんとなく不機嫌になっている気がした。 「いきなり、すみませんでした。失礼します」  気まずそうな俺と八崎の雰囲気に、瀬名は一瞬俺の方へ視線を向けると、無表情のまま頭を下げ扉の方へと歩き出す。 「瀬名、なぁ……。もともと真面目だから、特に問題ないんだけど。いつも無表情で、何考えてるのかわからないんだよな」 「……瀬名が?」  八崎の言葉に驚いた俺は、保健室での瀬名の様子を思い出す。    あんなに積極的で、意地悪く笑う瀬名が普段は無表情?    昼休みの終わりをつげるチャイムの音に慌ただしくなった職員室を眺めながら、俺は保健室で会う以外の瀬名を知らない事に、その時はじめて気がついた。         ◇ ◇ ◇  その日の放課後、瀬名は保健室に来なかった。    考えてみれば、毎日必ず来ると約束していたわけではないし、瀬名も『気が向いたら』と言っていた。  『出会い系は危ないから、キスが欲しいなら俺としろ』とあの時言った俺に、少しの間相手が興味を持っていただけなのかもしれないと、今更ながらに思う。 「俺は、結構楽しかったんだけどな」   思わず小さく出た言葉に苦笑しながら階段を上がりきると、目の前にある図書室の扉が開いていることに気づいた。 「……瀬名?」  頭の中に、あの日倒れていた瀬名の苦しそうな表情が浮かんで消えていくと、俺は図書室に向かって走り出す。 「(もしかしたら、また瀬名が……)」   そして一番奥の薄暗い大きな本棚の手前まで来ると足を止めて、呼吸を整えながらゆっくりと中を覗き込むと、そこには…… 「調教開始だ」  乱暴に掴んでいる髪ごと相手の頭を本棚へ押し付けながら、体を寄せて耳元でそう囁いている制服姿の男と。  ワイシャツをはだけさせた状態で口元をガムテープで(ふさ)がれ、立ったまま押さえつけられながら顔を歪めている、瀬名の姿があった。

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