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葉月(3)
射的は、500円で5回打つ事が出来る。棚に並ぶ景品を狙って撃ち、棚から落ちれば、その景品を貰う事が出来るゲーム。
「ほな、5回勝負な。どの景品を狙ってもええって事で、どっちが多く景品ゲットできるかで勝負や」
落とした景品が多い方が勝ちって事なら、小さくて軽い物を狙う方がいい。
だけど、これがなかなか難しい。玉を詰め、レバーを引く。狙いを定めて、引き金を引くと、レバーが戻ってコルクの玉が飛ぶ。
水野は身を乗り出し、腕を伸ばして、楽々と片手撃ちをしているが、銃を片手で操作するのは、結構難しい。重いし、脇を締めていないと、狙いがブレてしまう。翼は、左手を添えて、右手で引き金を引いた。
「おっ、3個目ゲット!」
水野がガッツポーズをする。
落としたのは、透明度の高いピンク色の、フラワーモチーフのパッチンピン2個セット。
「これ、翼くん似合いそうやな」
水野は、そう言うと、おもむろに外包装の袋を開けた。
「ちょっと、こっち向いて」
くいっと、頭を掴まれて固定され、前髪をキュッと引っ張られた。そして、翼がその手を振り払おうとするよりも速く、パチンと音がする。
「お、やっぱり可愛い。ほら、もう一個」
水野の動きは素早くて、あっという間に翼の前髪はパックリと分けられて、左右に同じようにパッチンピンを留められてしまう。
「ちょ、何すん……」
パッチンピンを外そうとした手は、水野に敢え無く掴まれてしまった。
「あー、ダメダメ。ふわふわの前髪も可愛いけど、ちょっと長くて目にかかってたしな。それに、これ、僕が勝ったから罰ゲームな」
「あ、アホ! こんなん嫌やっ! 放せって!」
「あ、これが嫌なんやったらデートやで? そっちの方がええ? 俺はどっちでもええけど?」
水野と、もみ合っている翼の視界の端に、翔太と相田の姿が映る。
「すごく可愛いよ! 浴衣に似合ってる」
翔太の隣にいる、相田さんの声。
「……っ、俺、まだ、あと二発残ってるんやから、勝負はまだついてへんっ」
なんだか、あの二人のことを直視できない。そんな気持ちのモヤモヤが、大きく広がってくる。
だから、そこから目を逸らし、翼は銃を構えた。カーッと頭に血が昇っていた。気持ちが焦ったまま、引き金を引く。
「――痛ッ」
撃った瞬間に、銃に添えていた左手の薬指に激痛が走り、翼は思わず持っていた銃を落としてしまった。
「どうした?」
「翼っ?」
水野の声と、翔太の声が同時に聞こえた。
痛めた左手を右手でギュッと握り、蹲ってしまった翼に、二人が駆け寄ってくる。
何が起こったのか、翼には痛みの原因がすぐには分からなかった。
「あー、もしかして翼くん、撃った時にバネで戻ったレバーに指を挟んだんやないか?」
右手でギュッと押さえた左手の薬指は、燃えるように熱くジンジンしている。右手を外すのを躊躇うくらいに痛かった。
「翼、指、見せてみい」
握っていた右手の指を、翔太がそっと外す。
「あ、血豆ができてる」
「え?」
翔太に言われて、痛すぎてギュッと瞑っていた目を開ける。薬指の腹に、大きな血豆ができていた。
「冷やした方が、ええな。確か公園の方に水道あったよな」
翔太が翼の腕を掴み、立ち上がらせた。
「俺、翼と行ってくるわ」
それだけ言うと、翔太は翼の腕を引き、走っていく。
「え? おいっ、後で、連絡せえよ!」
後ろから聞こえてきた水野の声は、もう遠い。
そこに居たのは、水野と相田の二人だけで、はぐれてしまったのか、健と瑛吾の姿は、どこにも見えなかった。
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