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葉月(2)
相田も水野も、翼と同じ学年で、顔と名前だけは知っているが、こうして喋るのは初めてだ。
「野球部、この三人で来たん?」
他の部員は見当たらない。
翼の問いに、「そうやで」と、答えたのは水野だった。
「俺らも三人やねん。せっかくこうして偶然会えたんやし、一緒に回ろ? な?」
後ろにいた健が、翼の前へと身を乗り出した。テンションが高いのは、たぶん、相田に興味があるのだろう。
ひょんなことから一緒に行動することになったが、あまりの人混みに、最初は固まって歩いていた六人に少しずつ距離が空き始める。
一番前を歩いているのは、翔太とマネージャーの相田。その後ろ姿を見失わないように歩いている翼の隣には、何故か水野がぴったりとくっついていた。
翼と水野が歩いているずっと後方には、ふざけながら歩いている健と瑛吾の姿が人の波の間に見え隠れしていた。気をつけていなければ、はぐれてしまいそうだ。
しかし翼は、後ろよりも、ずっと先を歩いている二人の後ろ姿が気になっている。
「前の二人が、気になる?」
だから、隣を歩く水野に突然そう聞かれて、ドキリと心臓が跳ねた。
「え? まさか……。俺、相田さんのこと、あんまり知らんし……」
「嫌やなぁ、ちゃうよ。由美のことやなくて、翔太のこと」
「え? なんで……」
「あれ? 違った? ほな、僕が翼くんのこと、食ってしもても問題ないってことやんな?」
「は? 食うって、なんやそれ」
「翼くん、僕の姫になってくれへん? って、言うとんやけど?」
「姫って何や……アホなこと言うなや。訳わからん」
「あれぇ? 分からん? そうかなぁ。翼君は、僕と同類な匂いがしてんけど……」
水野の言葉の意味を、この時の翼は理解できていなかった。
だけどどこか何かが引っかかる感覚がして、隣の水野を見上げると、彼は翼を見つめ返してニヤリと口角を上げる。
「まぁまぁ、そのうち分かるわ。な、それより、あれせーへん?」
水野が、指を指した方向には、射的の屋台がある。
「ええけど」
「お、よっしゃ。ほな、僕が勝ったら、今度デートしてくれる?」
言いながら、水野の腕が、翼の肩を抱き寄せる。
「ちょ、きしょい 事すんな」
翼が身を捩ってスルリとその腕から逃がれると、水野はクスッとおかしそうに笑う。そして、前を行く二人に手を上げて、大声で叫んだ。
「おーい、翼くんと、これするからー。ちょっと待ってー」
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