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Ψ ナギの決意Ψ
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「あらら、どうやら……キミのお友達のうちの一人が大ピンチみたいだけど、大丈夫?まあ、こんな些細なことでナギくんは壊れたりしないって分かってはいるけれどね。それにしても、とことん……やり方とか考え方が合わないなぁ」
塔のてっぺんには、スーツ姿の男こと【金野
力(コンノ リキ)】の姿と、ついさっきまで深い眠りに落ちていたものの、ふいに目を覚まして今は悔しげに彼を睨み付けている囚われの身となってしまったエルフがひとり____。
それに、少し離れた場所にある入り口付近には優太達一行が行方を探し、身を案じていた《青木》《坂本先生》《イビルアイ》の姿もある。
けれども、スーツ姿の男と――その隣にいるナギというエルフ以外は、うつ伏せとなったままピクリとも動かない。
どうやら、意識を手放しているようだ。
少なくとも、少し離れた場所に座っているナギには、そのように見える。
そして、ナギの視線はそちらからスーツ姿の男が眺めている鏡へと映る。おそらく、鏡には何かしらの魔術がかけられているのだろう。
ここにはいない筈のミスト達の様子が、霧のようにもやもやして見えにくい鏡面に妙にハッキリと浮かび上がっている。
まるで、わざと見えやすくしているかのように様子のおかしいミストの姿が浮かび上がっているのだ。
「お、おい……っ____お前……こいつらにいったい何をしたんだ――いや、それだけじゃない……ミストに何をした……っ……!?」
色とりどりの宝石が施された銀色の椅子にくくりつけられ、慌てた様子でがむしゃらに訴えるナギの様は、さながら童話に出てくる【茨姫】のよう____。
とはいえ、今眠り続けているのはナギではなく同じように囚われの身となった他の三人なのだけれども____。
「おおっと……そんな風に反抗的な態度をとるなんて《美しい姫》には、あるまじき態度だし、ダイイチキュウでは儚い存在として他の奴らからもてはやされてるエルフ族には、そぐわない態度だなぁ~。ほら、この子も……黙っていないみたいだよ?」
スーツ姿の男がパチンと指を鳴らすと、色とりどりな宝石に瞬時にして異変が起こる。
ナギの体を縛りつけて自由を奪っている椅子を覆い尽くすようにして何十もの枝が宝石の中央から飛び出していき、更に眩い光を放ちながら一斉にナギの口に向かって突っ込んできて彼の口を容赦なく塞いでしまう。
そして、それを拒絶する術もなく受け入れることしかナギはできない。
いや、受け入れたい――もっと、この体中が痺れるような快感をもたらしてほしい――と普段では思いもしないような恐るべき考えを今のナギは抱いてしまっているのだ。
それが、このスーツ姿の男による拷問のやり方____。単純明快な痛みよりも、快感をひたすらに相手へもたらし続けるという――そんな、やり口だ。
「やっぱり……前にどっかの寂れた村で、このアルルーネちゃんを怪しい商人から買っておいて正解だったかな。異物が混入したせいで本来の美しいアルルーネの姿とは別物とは聞いていたけれど……そんなことはどうでもいいんだ。 実際、こうして役に立ってくれてはいるわけだし____」
愉快げに、ぶつぶつと呟き続けるスーツ姿の男を尻目に、どうにかして正気を保てていたナギは何とかこの状況を打破するべく碌に動かせない手を口元へと持っていこうと抗う。
だが、椅子全体を覆い尽くすようにして緑色の根でこちらの体を縛りつけているせいで、邪魔をされてしまう。
(いつまでも……ここにいたい____)
(あの魔物の美しい根の色を……永遠に見ていたい____)
あくまでも意図的ではなく無意識のうちに、そんな思考が頭の中に流れ続けてきて、ナギの心を何としてでも内側から崩そうとしているのだ。
肉体的に、痛みはない。
(ま、まずい……っ____俺様は……こんな下らない奴の前でこんなことを考えてる場合じゃ……っ____それに、さっきの鏡に映ったミストのあの姿は俺様だけしか知らない筈の……ミストが抱き隠し続ける苦しみの正体____)
時間にして、一瞬____。
しかし、時間こそ短いとはいえども、ナギの頭には《ミストをずっと守っていきたい》と思わせるきっかけとなった【他の誰よりも眩しい笑顔】が浮かんできて都合のいいように流れつつある心を掴んで離さないのだった。
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