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Ψ ナギの決意 Ψ

無理にアルルーネから放出される魔力に抗うせいで、ナギの全身はぶるぶると震え、更に凄まじい力を込めてスーツ姿の男へ対する拒絶をあらわにしているせいで、いつも笑みを浮かべつつ美しく儚い態度をとるべきと長や仲間から教えられているエルフ族にとって、あるまじき行動に出る。 両目を血走らせながら、渾身の力を振り絞り、未だ自由自在とはいかない血管が浮き出ている両手を何としてでも口元へと持っていくと、強引に押し込まれている【アルルーネの根っこ】を力尽くで抜き取ろうと奮闘し始めた。 その様子を目の当たりにしたスーツ姿の男から突如として《張り付けたかのような笑み》が消える。 だが、それは一瞬のことであり、すぐにまた仮面のような笑みが戻る。 そして、こう囁きかけてくるのだ____。 「そっか~。今この鏡に映っているミストっていう名のエルフはキミにとって特別な存在のようだね。でも、ナギくん――キミは勇敢なエルフだから教えてあげてもいいけどアルルーネの根っこを無理に引き抜くと、とても危険だよ?それをしてしまえば、キミはこの先――後悔してもしきれない散々な目に合う……もちろん、キミの大事なお仲間達にとっても____ね…………」 ぴたり、と――ナギの手の動きが止まった。 ナギが、いくら《ミストを救い出す》と固く決意しようとも、現在置かれた危険な状況を打破することはできない。 それを知っての上で、スーツ姿の男は淡々とナギの精神を削りとるかのように囁きかけてくる。 ナギの絶望的な顔を目の当たりにして、興奮しきっているに違いない。 「ああ、下手にアルルーネの根っこ引き抜いたら何が起こるか分からないよ~?アルルーネの根を引き抜く時に発する強烈な叫び声は、いくら意識を失っていたとしても簡単に届いちゃうからね。まあ、こっちは対処済みなわけだけれど。どうしてもというのなら、この三人の耳を切り取っちゃうしかないけれど覚悟はあるのかな?」 「な……っ____!?」 ナギはマトモな言葉すら発することができなくなるくらいに凄まじいショックを受けてしまう。 更に、不甲斐ない自分に対する、あまりの悔しさから唇を強く噛みしめる。 ナギの頭の中を支配するのは、【このまま無理やりアルルーネの根っこを引き抜いた時に起こってしまう最悪の事態】についてだ。 もしかしたら、混乱した三人が目を覚ました後に互いを傷つけ合うかもしれない。 もしかしたら、脳に深刻なダメージを受けて記憶を失ってしまったり――あるいは他の肉体的・精神的な部分にダメージを追ってしまうかもしれない。 【アルルーネ】は【マンドラゴラ】の別名――もしくは亜種のことを指すといわれているため、そういった事例がミラージュの村や町でも何件も起こっているため《魔物の実態を研究することに特化した研究者だけが住む都市》で解明するべく悪戦苦闘していると、どこかで聞いたことを思い出したナギはそれをするのは危険だと判断した。 そのため【アルルーネの根っこ】への攻撃がダメならば、その対象を【スーツ姿の男】へ変更するしかないと思い直す。 (本当なら、この魔法だけは使うつもりはなかったんだが……こうなったら仕方がない……っ……もしもミストの奴を救い出せたら――たっぷりと俺様にお礼してもらうぜ……っ____) ふいに、ナギは口元へ手を持っていくと背後を向いたスーツ姿の男に気づかれないように慎重な素振りで唇から滴る血を拭った。 ____θθδ……βθΨЩ……ΠΥΧγ…… 更に警戒を怠らないように注意しつつ床に、ある魔法の詠唱文字を書き始めていくのだけれども、まるでナギの行動など全てお見通しだといわんばかりに――あと少しで書き終える所で、スーツ姿の男が勢いよく振り向いた。 「おおっと、今の最高な日々を壊される訳にはいかないんだよ。ダイイチキュウでも、ミラージュでも……金さえあれば素晴らしい力や珍しいアイテムを手に入れられる。もちろん、心から欲しいと願うものだってね。キミは召還魔法を終えた後に、もうひとつ別の魔法を、そのカゲ魔に唱えてもらおうとしたんだろうけど……ざーんねん。失敗に終わっちゃったねえ。でも、長い長い人生なんてそんなもの……そうだろう?」 ぶちゃ……っ____と不快な音がしてナギは再び絶望に支配されてしまうのだった。

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