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Ψ ナギの決意 Ψ

根っこの先端――つまり、ナギの口に突っ込まれている瘤のような形の所から突如として四方八方に飛び出してきた触手のような形状のアルルーネの体の一部分のせいでナギの両目が覆われてしまった。 そのため、今度こそ口も目も使えないという大ピンチに襲われてしまうナギ。 しかも、ナギの考えでは召還魔法を唱えて自らの影の一部分に意思を持たせることで、それを媒体にして唯一使うことのできる《水》を操る攻撃魔法をスーツ姿の男にお見舞いしてやるつもりだった。 けれども、それは失敗に終わってしまったのだ。 心の底で何を考えているのか分からないスーツ姿の男の手から逃れて信頼し合える仲間達と再会する機会を逃したことを突き付けられた。 己の体を縛りつけているアルルーネの根っこから何としてでも逃げようと力を込めて抵抗していたけれども、それもやがて無意味だと悟り、とうとう脱力してしまう。 しかし、そうとはいってもスーツ姿の男がアルルーネに対して「攻撃を止めて」と命じる訳ではなく、それこそお人形のようにされるがままになってしまっている。 「あ~らら、本当にお人形みたいになっちゃったねぇ。騒がしい子犬みたいに喚いてたナギくんらしくもない。今のキミを見ていると……こっちに来る前までの自分を見ているみたいで不愉快な気持ちになるよ。大切な仲間達の命さえ守れず挙げ句の果てには人生の最後には心の底から大切と思っている筈の可愛いペット達まで巻き込んで、最悪な選択をしてしまった、かつての自分____」 スーツ姿の男が何を言っているのか詳しくは分からない。 次第に意識が朦朧としていく中で分かっているのは、このままだと仲間であり尚且つ他のメンバー達には抱いてはいない《特別な思い》をぶつけてるミストのピンチを救えないまま後悔が残るということだけ____。 それに、幼い頃からずっと素直になれず――エルフの村にいた頃から意地悪なことしか言えずにいた自らの《素直な気持ち》をミストに告げることが出来ずにモヤモヤしたまま後悔が残ってしまうということだけ____。 (冗談じゃねえ……っ____このまま終わるだなんて……もっといえば、この何を考えてんのか分からねえ気味の悪い野郎と心中まがいなことをするのが俺様の最後だなんて……っ____ふざけんな……そんなんだったら、クソやかましいサンの小言を聞いてる方が百倍マシなんだってんだよ……っ____) 情けないことに、口も目も塞がれて体の自由までも奪われているナギには心の中で毒を吐くことしかできなかった。 しかし、異変は突如として起こる。 【……ッ____!!?】 スーツ姿の男にはアルルーネの悲鳴は聞こえていた筈だ。もちろん、叫び声を聞いてしまったことで精神が壊れてしまわないように対策はしてあるため極々小さな悲鳴に過ぎない。 とはいえ、少なくとも全身が徐々に灰のように崩れ落ち、瞬く間にアルルーネが床へ倒れる前に苦痛な表情を浮かべていたことは【目】のある彼には理解できていた筈だ。 だが、ナギはそのアルルーネの末路の一部始終を見ることはできなかった。【目】も【口】も――それどころか、唯一塞がれていなかった筈の【耳】でさえも自由が聞かずに認識することがかなわなかったためだ。 そして、拘束されていた筈のナギに《自由》が戻ったということも____。 時間と共に開けていく視界――。 そして、何よりも息ができるということの素晴らしさが理解できる《正常な判断力》を、すっかり取り戻すことが可能となったナギは、己の身に起こった奇跡とも呼べる行為が何故起きたのかを理解するべく狭い塔の中を見渡してみることにした。 (あ、あれは……っ____) ナギの視界に留まったのは、一匹の虫____正確には実はある種の魔力を持つのではないかと噂されており、今も尚――魔物マニアの変わり者達によって研究され続けている【スズハライライ虫】がひょこひょこと床を這いずっている光景____。 「____っ……つ…………使えるのは、何も――金を支払って違法さながらの怪しげな方法で手に入れた魔物達だけじゃない。どんなにその身が小さくても、どんなに他の者達から日頃邪険に扱われていても役に立つことだってある」 腹の底から絞り出すように、ある男の低い声がナギの耳にも――そしてスーツ姿の男の耳にも届く。 「スズハライライ虫の体熱は……例え、群集ではなく単体だとしても……料理以外にだって役に立つんだ……っ____」 てっきり気絶しているものだと思っていた、【サカモト】という男の声____。確か、ダイイチキュウにて暮らしていたユウタやマコト達からは《センセイ》と呼ばれていたような気がする____と、ナギはここにきて思い出した。 もちろん、《センセイ》という言葉の意味は分からなかったのだが____。 その言葉が合図だといわんばかりに、ぴく、ぴくと小刻みに動いていて床で身悶えていたアルルーネの根っこの上に軽々と飛び乗った【スズハライライ虫】の腹が、まるで風船のように見る見る内に膨らんでいくのを視界が自由となったナギは見逃さないのだった。

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