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Ψ ナギの決意 Ψ

「なるほど、植物にも意思がありストレスを感じる。確かに、こっちに来る前の世界――つまりはダイイチキュウでも、そう習ったことはある。植物に外的刺激を与えると、ニンゲンと同じようにストレスを受けて少なからず影響を受けると。それをこの追い詰められた状況で実行するだなんて――実に、面白い。いったい貴方は何者なのか、教えてくれないかな?」 スーツ姿の男を観察してみると上手く隠そうとしてはいるものの、この塔に連れて来られた最初の頃より明らかに動揺していて、尚且つ興味の対象がナギから《サカモトセンセイ》へと移りつつあるのが見てとれる。 しかしながら、ナギは気がついていた。 先程から、何か大事なことを訴えかけるかのように《サカモトセンセイ》の目線がチラチラとこっちへと注がれているということを____。 もちろん、《サカモトセンセイ》のその行動は【スーツ姿の男】に気付かれないよう巧妙に実施されている。 そのことに気付いて少ししてから、ナギはあることを考え始める。 この塔から《無事に逃げる》ためには、何をすればいいのか。 スーツ姿の男と戦闘し続けることも、考えてはいた。ミストのようにあれこれと色々な魔法を使える訳ではないけれども、一矢報いる程度の魔術力は備わっているからだ。それに、いざとなれば魔法ではなくとも武術で相手に対抗するのもありだ、と――ついさっきまでは考えていた。 しかし、《サカモトセンセイ》の考えは違うようだ。 此方を見続けてくる真剣な眼差しが、それを物語っている。 (目の前の男のことなど今は放っておいて、この塔から脱出し――ユウタ達の元へ辿り着け____) (今一番優先すべきことは……この塔から四人無事に脱出すること、それだけだ……っ____) その思いを無視することなく無言のまま受け取ったナギ。 そして、ある場所へと注意深く視線を移す。 この塔に、窓はない。 だから、窓を開けてそのまま脱出するのは不可能だ。それに、悔しいけれども自分には【魔術で元々ないものを生み出してそれを利用する】ことは不可能だ。せいぜい、己の魔力でできることは先程のように自らの体の一部分――影に意思を持たせ利用する低級召還魔法のみ。 しかし、失敗に終わった今――それを再び唱えることは時間と魔力の無駄だと分かっている。 (それならば____ ____) 「ΘΙ……ΘΙ……δζλπ……∮цйнё……!!」 一瞬、ナギの口から発せられた言語を耳にして注意を【サカモトセンセイ】から移すスーツ姿の男だったが、それを唱え終えた後に起こった光景を目の当たりにして思わず「ふっ」と軽々しさがこもった笑い声をあげてしまう。 この大ピンチな状況であれば、ナギは唯一といってもいいほどの攻撃手段である《水魔法》を出現させるために詠唱していても、おかしくはなかった。 少なくとも、スーツ姿の男が頭の中に思い浮かべていた光景は『これからナギが全力で水魔法の詠唱をして自らに攻撃を仕掛ける』というものだった。 しかし、スーツ姿の男の予想は外れた。 ナギは的外れもいいところな《木の扉》へと向けて《水の魔法》――それも、せいぜい玩具の水鉄砲の数倍ほどしかないであろう大したことのない威力の水泡を指先から数発放っただけだった。 「あれれ、どうしちゃったの?もしかして、大事な仲間を救えないと自覚したせいで自暴自棄になっちゃった?ああ、ダイイチキュウに馴染みのないエルフのキミじゃあジボウジキって何のことか分からないかぁ____」 ____と、スーツ姿の男がナギの怒りを誘うかのように、どことなくバカにしたような口調で話し終えた直後のことだ。 「ったく……ふざけんじゃねえぞ?てめえこそ、知らないことがあるんじゃねえのか?てめえの敗因はな怪し気な商人とやらを信用し過ぎたのと魔道具を買い漁ることに夢中になりすぎたことだ。それに怪しげな魔道具に頼りきっているせいでミラージュで必死に暮らしているスズハライライ虫の特性を……知ろうとも学ぼうともせずに存在すら無視したことだ……っ____」 「スズハライライ虫は頭と腹が限界まで膨れ上がった時――つまりは最大限まで熱を体内に蓄積しきると……爆発しやがるんだよ……っ____ちいぃっとばかり、お勉強不足だったなぁ……コンノ リキ!!」 そのナギの男の言葉が合図だった、といわんばかりに《扉》の場所で爆発が起こる。 扉は蝶番がつけられていたのだが、その爆発の衝撃でいとも簡単に蝶番はぶっ飛び、木でできた扉はほとんど損傷もなく外れると、そのまま引き寄せられるようにナギの元へと向かって飛んでいく。 ナギはひたすら我慢強く待っていた。 スズハライライ虫が、油断しきっていたスーツ姿の男の目を盗んゆっくりと扉の方へ向かっていき、なおかつ蝶番の所に止まるのを――《サカモトセンセイ》とのアイコンタクトのみで示し合わせて待ち続けていたのだ。 更に、ナギの反撃は止まらない。 レンガ造りの塔の壁に爆発の衝撃で少しひび割れた箇所があることをしっかりと目視した後に、スーツ姿の男の言動には目もくれずに、その箇所に向けて鞭の如くしなる動きの《水魔法》を数回放った。 壁の一部分が壊れ、脱出するのに充分な隙間ができたのを確認したナギは《塔からの脱出》をするべく、最後の仕上げにかかる。 渾身の魔力を注ぎ、木の扉の底から水魔法で作った《水柱》をいくつも発生させ、木の扉を宙に浮かべると、そのまま体力に自信のある《サカモトセンセイ》と力を合わせて《アオキ》と《イビルアイ》を木の扉の上へと素早く乗せる。 スーツ姿の男が何を考えているのかは分からない。 ただ、笑みを浮かべているのみだ。 そうして、海に浮かぶボートさながらの動きでナギは《水魔法》を巧みに操る。 その後、結果的に壁の隙間から外の世界へ出ることに成功し、とりあえずは第一の目的を無事に達成することができた。 だが、まだ第二の目的が達成されていない。 塔の壁の隙間から、此方を覗き込んでくるスーツ姿の男の鋭い視線が突き刺さってくる気配を感じたせいで薄気味悪さを覚えつつも、ナギは《ミスト》と他の仲間を救うために、これから何をすべきなのか必死で考えるのだった。 「待ってろよ……少し遅くなっちまったが今、助けに行くからな……っ____!!」 水魔法を操りながら、塔の壁を滑り落ちてゆくナギの決意の言葉は真っ青な空へと向かって放たれて消えてしまう。 だが、ナギの顔は未だないくらいに清々しく満面の笑みを浮かべているのだった。 *

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