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第1話

「はっ……はっ……!」 ぱらぱらと小さな粒が空から降り注ぎ、傘をささずに全力で走る彼の頬を濡らしていく。 生憎の天気ではあるものの場所が都内の有名な交差点ということもあってか、夜の9時だというのに多くの人で賑わっていた。 しかし、彼の耳にはそんな周りの雑音が届かない。 唯一聞こえてきたもと言えば―― 『昨夜未明、●●市のアパートの一室でΩの女性が死亡しているのが確認されました。死因はΩのフェロモンにより数名のαが――』 「かあ…………さ、ん」 駅前の巨大スクリーンに映し出されたニュースを見て、彼の足がピタッと止まる。 信号機の色が変わり危険を知らせるクラクションが鳴り響くが、彼は微動だに出来ずにいた。 「君、危な――っ! ……この香り、もしかして」 「っ!!」 心優しい男性が腕を引き寄せ助けてくれたが、その時微かに香ってしまったのだろう。 スクリーンの前に立ち尽くしていた男は我に返ると、助けてくれた相手の腕を全力で振り払い心を痛めながらも自身の身を守るために再び全速力で走り出した。 (やばい!! 香りが漏れてる……!) すれ違う人々が振り返るのはこの雨のなか傘もささずに走っていることになのか。 それとも……彼の性(さが)に対してなのだろうか。 (もう、だめ……だ。どこか、隠れるば……しょ……) 体力的に限界を感じた彼は、人目を気にしながら目と鼻の先にある人気の少ない路地裏へと向かった。 ――ドサッ。 「ヴグェッ! ……っは。…………はぁ……はぁ……」 鉛のように重くなった腰を勢いよくその場に下ろし、嘔吐感の混じった咳を繰り返しながら息を整える。 『冬愛(とあ)、早く行きなさい……っ!』 『でっ、でもっ……!』 最後に見た母親の笑顔を思い出した彼――白崎 冬愛(しろさき とあ)は、声を殺しながら静かに涙を流した。

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