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第11話
「さっきの話だけど、ここにいることは構わないよ。ただ冬愛くんの話を全て聞いた上で言わせてもらう。――ここを出て行くことには反対かな」
先ほどまで優しく微笑んでいた間宮の表情が、一瞬で真面目なものへと変わっていく。
「いつ頃になるか分からないとはいえ、ここを出て1人で暮らしていくことは危険な行為だと俺は思う。それこそ、その叔父さんって人がまた君の元へやってくる可能性だって高すぎるからね」
「……っ!」
自分では想像をしていなかった言葉に、冬愛は身体を大きくビクつかせながら目を見開いた。
「俺のほうこそ、初対面の相手にこんなこと言うのは怪しいかもしれないけど……気を使わずにこのままここにいてくれないかな? その方が俺も安心するし」
「でもそれじゃあ、俺は何も返せないことになります!」
「うーん……それならまずは体調を整えることを優先にして、落ち着いたら俺のところでバイトするのはどう?」
笑顔でそう語る間宮に、冬愛はずっと気になっていたことを口にする。
「間宮さんは……誰に対してもこんな風に優しくするんですか?」
「難しい質問だね。……それじゃあ今度は、俺の昔話に少しだけ付き合ってもらおうかな」
その前に――と、間宮は二人分のマグカップを手に取ると少し冷えたミルクを温め直しに行った。
「お待たせ。熱いから気をつけてね」
「ありがとう……」
温め直してもらったホットミルクが入ったマグカップを両手で握りながら、冬愛は真剣な眼差しで間宮の声に耳を傾ける。
「ははっ。そんな難しそうな顔をしないで? リラックスして聞いてくれればいいからさ。……うーん、どこから話そうか」
表情は明るいのに、間宮の口から出て来る言葉は家族が大好きだった冬愛にとっては少し心を痛めるような内容だった。
間宮は自身を『望まれてこの世に産まれた存在ではない』と語る。
βの両親の間に出来た間宮は、生後数日で孤児院へと引き取られた過去があり物心がつく年頃に今の両親の元へ引き取られたのだった。
「俺の元へやってきた今の両親――間宮さん達は本当に良い人なんだ。奥さんが生まれつき身体の弱い人だったから、跡継ぎが目的で俺を引き取ってくれたんだけど……それこそ冬愛くんのように本当の愛情を沢山注いでもらったんだ。でも……」
四年後に突然出来た弟の存在。
夫と妻、二人の血をしっかりと受け継いだ子供が産まれたのだった。
「αで優秀な父と健気で可愛らしい母。顔は母親似だけど、父のように物事をしっかりと考えられるαの息子。そんな中に、どこからやってきたのか分からないその辺にうじゃうじゃいる性の……βの俺がいるんだ。両親は俺たち兄弟に変わらず同じ量の愛を注いでくれたよ。でも、周りの目は違った」
近所でも有名な大学病院の院長を務めている間宮の家は、常に近所から視線を浴びていた。
七海が大きくなればなるほど、近所のおばさん達の噂話にも沢山の無いことが盛り込まれていたのだ。
「『気にするな』『好きに言わせとけ』って言う両親の言葉が嬉しいけど、胸に大きく突き刺さって痛くてね。高校を卒業するときに自分の本当の夢を叶えたいって言って、家を出させてもらったんだ」
「夢……?」
「うん。弟が生まれた後も跡継ぎとしての勉強はさせてもらってたけど、そこまで厳しい父親じゃなかったからね。身体の弱い母親のために、自分も何か出来ないかって思いよくシェフに料理を教えてもらってたんだ。それで『美味しい』って喜ぶ顔を見ていつか自分の店を持ちたいなーって考えはじめて」
「じゃあ、俺が倒れた場所って……」
「うん、その夢が叶った店だよ。って言っても、資金は親が出してくれたんだけどね」
へへっと人差し指で頬をかきながら話す間宮を見て、彼がこうして優しいのは血の繋がりは無いもののこうして暖かく育ててくれた両親のおかげなんだと冬愛は感じた。
だから改めて、冬愛は頭を下げてお願いをする。
「間宮さん。改めて……俺をここに置かせてください。そして発情期を自分でコントロールできるようになって、他人にも迷惑をかけないと感じられるようになったら……その素敵なお店で俺を雇って欲しいです」
自分にとって都合の良いことばかり並べてると思うが、何となくこの方法が彼にとっても喜ばしいことなのではないかと感じ、冬愛は心の底からお願いをした。
「それなら俺も大賛成だよ。冬愛くん、これからよろしくね」
こうして2人の新しい生活の幕が開いたのであった。
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