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【トワイライト】笹野ことり
毎年初夏に、この場所へ訪れている。
自分がどうしてこの季節に、そして深夜に吸い込まれるように此処へ訪れるのかわからないまま、すでに10年目の夏を迎えようとしていた。
ノワは、いつものように車を降りて煙草に火を点ける。
これも、毎年行うルーティーンだった。
まわりを見渡すと、吸い込まれてしまいそうな漆黒の海、青白い満月……そして、薄紫の霧があたりにたちこめている今年は、一段と神秘的な香りがするような気がした。
煙草をふかしながら月を見上げ砂浜を歩いていると、潮の匂いに交じって深夜にも関わらず、ふわっと優しい陽の匂いがしてきた。
その匂いの方向に目を向けると、波打ち際が青白い光で埋まっている。
「………夜光虫?」
今年は珍しいものが見られたなと思い、夜光虫が揺らめいている波打ち際へ近づこうと歩みを進めると、その先に少年が立っていることに気づく。
「え?こんな時間に…少年?」
その声に反応したように、夜光虫で青白く光っている水の中に足を入れ、月を眺めている少年が振り向く。
髪の毛が夜光虫のようなブルーで、真っ白な透き通った肌をした赤眼の少年が表情一つ変えずに、ノワの目を見つめながら口を開いた。
「ノワ……」
「えっ?」
少年が自分の名前を知っていたことに驚いた。
初めて会ったこの綺麗な少年に対し、一瞬で目が奪われ胸が疼き、そして懐かしいような不思議な錯覚に捉われる。
「俺の事知っているのか?お、お前は……誰だ?」
「僕?僕は……ルーシェン」
「ル……シェー……ン?」
頭の中で少年の名前を何度も何度も反芻するが、一向に思い出せない。
そんなノワの様子を見て、少し寂しそうな笑顔を見せたルーシェンは、背を向けて青白い満月を見上げた。
「しょうがないよね。だって、君は10年前に心が壊れてしまったから……」
「俺は普通だ。こ、心が壊れる……な、なんで……」
バシャバシャと水を蹴ってルーシェンは、ノアの元に駆け寄る。
そして、顔を近づけて乾いた声で言った。
「ノワはそれで楽になったかもしれないけど、忘れられるのがこんなに寂しいなんて……ね」
今にも泣き出しそうな瞳を見ていると、なぜか胸が張り裂けそうだった。
この感情がどこから沸き上がるものなのか分からないまま、無意識のうちに手を差し伸べて触れようとする。その瞬間、ノワの手はルーシェンをすり抜けていってしまった。
「え?」
何度も何度も透き通る肌に触れようとするも、手が空をきる。
触れることが出来ない事実に混乱し、今起きている状況が整理できないまま、震える声でノワは問いかけた。
「お、お前、何者だ?」
「君の分身」
「俺の……分身?!」
その言葉に警鐘を鳴らしたみたいに鼓動が早くなる。
『思い出しちゃだめだ』
『関わるなっ!』
『忘れてしまえ!!』
頭の中に様々な感情が沸き上がっては消え、沸き上がっては消える。
そして、ルーシェンの次の一言で、心の奥底に眠っていた記憶を呼び起こすことになるのだった。
「君は、僕の弟だからね」
「お、おとうと……?」
「僕らは、血の分けた双子の兄弟で、そして、愛し合っていた……」
「愛し合っていた?男同士で、双子の兄弟で?」
「そう。僕らは、禁忌を侵していたんだよ」
その言葉を聞き、ルーシェンを信じられない気持ちで見つめていた。
しかし、その気持ちと裏腹に胸が焼けるように熱く、なんとも言えない不安感が付きまとう。
そして、ルーシェンの言葉で、忘れ去られていたパズルのピースが少しずつ合わさっていくのを感じているのだった。
******
ノワは、小さい頃から心臓の収縮力が低く、全身に血液を上手く送り込めないという拡張型心筋症を患っていた。
普通に生活をしていても息切れが酷く、全身がむくんだり、呼吸困難に陥ったりという症状が出ていた為、投薬治療中だったのだが、ルーシェンはそんな弟を心配し、どこに行くのも一緒で、弟に近づくものは陰で排除をし、そして、夜は同じベッドで寝るという生活を送っていた。
2人が10歳を過ぎた頃、同じベッドに寝ている間にお互いの体を擦り合わせることが気持ちいいという感覚を覚え、精通を迎えることになる。
それ以降は、夜な夜なベッドの中で互いの体を触りあって、求めあい、熱を感じながら体液を交じり合わせる行為に没頭していく。
それは、まるでお互いの存在を確かめるための行為でもあるようだった。
24時間生活を共にし、お互いに信頼し依存しあっていた2人にとって、沸き上がる感情が兄弟愛ではなく、恋愛を含んだ愛に変わるのはごく自然な事で、時には、ベッドの中で愛を囁き合い、二人は片時も離れず共に過ごしていく。
その関係が変わったのが、今から10年前の初夏のこと。
ルーシェンは交通事故にあい、脳死状態に陥ってしまう。
そして、両親が小さい頃から心筋症を患っていたノワに、ルーシェンの心臓を移植することに決める。
脳死状態とはいえ、まだ体が温かく血が通っているルーシェンを殺すことなんて出来ないと何度も反対をするが、14歳だった自分の意見は通らず、脳死と判断されてから2か月後に自分の意志とは別に心臓を貰うことになった。
ルーシェンを殺して、自分が生き続けるために心臓を貰ったという罪悪感で、生き延びる術を貰ったのと同時にノワの心は壊れてしまった。
そして、ノワの脳は自己防衛のために、ルーシェンの存在を記憶から消すという選択をしたのだった。
******
「あぁ……俺は、なんてことを……」
一筋の涙がノワの頬をつたう。
「思い出した?僕たちが愛し合った日々。そして僕の心臓でノワが生かされていること」
「恨んでいるんだろ?俺が、お前の心臓を奪ってしまったから……」
「バカだな。僕が、愛しているノワのことを恨むはずがないだろう?」
「でも、なんでいまさら俺の前に……」
「最後に、もう一度会いたかったんだ」
「最後……?」
そう言うと、ルーシェンの白い肌が、ますます透き通っているように見えた。
ルーシェンは、そんな自分の姿を確認しながら口を開く。
「そろそろ僕の審判の順番が来たみたいだ。いかなくちゃ……」
「え?」
「10年も消えずにいれたことが奇跡だったんだよ。だから、またノワに会えた」
「せっかく思い出したのに、また俺の元から去るのか?近くに……俺のそばにいてくれないのか?」
「ごめん。でも、ノワの体の中に……僕がいて、僕の心臓が、ノワを生かしている。僕は、ノワの一部になったんだ。だから、寂しいと感じたら、辛いと感じたら、嬉しいと感じたら……心臓に手をあててみて。そこに僕は生きているから……」
ルーシェンは、はにかんだ笑顔を見せた。
「これで、本当にお別れ。生きて。僕の分も。生きて、幸せになって……。そして、もうお願いだから僕を無かったことにしないで……」
そう言うと、ルーシェンの赤い瞳から涙が一粒零れて砂浜に落ちる。
それと同時に透けてルーシェンはノワの目の前から消えていってしまった。
触れることも、抱きしめることも出来ないまま、さっきまでルーシェンがいた場所に膝をついて項垂れる。
そのまま、ふと視線を下げ砂浜に目をやると、そこには1粒のスタールビーが落ちていた。
ルーシェンと瞳の色と一緒の宝石を愛おしそうにノワは手に取って嗚咽をあげながら、貰った心臓にスタールビーをあてて、最後のさよならを告げる。
『俺も、愛している。ルーシェンから貰ったこの心臓を最大限に生かして生き抜く……さようなら。そして、ありがとう』……と。
☆End☆
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