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前日譚
「誕生日だと?」
「うん」
「誰のだよ」
「中也のさ」
「え?」
「うん?」
「――――ッ、忘れてた!」
「だろうね」
中也が自分の誕生日に無頓着なのは今に始まった事では無かった。抑々中也にとっての誕生日というのは太宰が「贈呈品だよ♥」と云って爆弾や数え切れぬ程の嫌がらせを繰り広げる日に他ならなかった。
其の「嫌がらせの日」ですら太宰の逃亡から決行される事は無くなり、此の数年で中也の記憶からは失われつつある物だった。――しかし今年ばかりは今迄とは事情が異なっていた。
「誕生日に欲しい物は無いか」と訊いてきたのは太宰の方だった。四月二十八日、今欲しい物を要求したとしても今日の明日でいとも容易く用意が出来るものなのだろうか。太宰の事だ、予め中也の欲しい物は想定済みだろう。例えば年代物の高級葡萄酒。それでいて中身は安物に入れ替えさぞ恩着せがましく進呈してくるのが太宰治という人間だ。
唐突に欲しい物を問われても、それが直ぐに思い浮かぶのならばそれは満たされていない証拠だ。最高級の葡萄酒も、或いは肴としての蝶鮫卵も、今の中也が望めば手に入らない物は殆ど無いといっても過言では無い。強いて云うのならば――
「――休み、が欲しい」
「森さんに中也の休みを交渉しろって云うの?」
「待て、却下だ」
思わず口をついて出てしまった言葉ではあったが中也が本当に欲しい物は休みではない。それすら自分の頑張り次第で如何にもなるものであるし、第一誕生日に休みを望んで却下する程首領も鬼では無い。
「正解を当ててみろ」と太宰は云っているようだった。当然そう持ち掛けるからには太宰は其の正解を贈呈する準備があるのだろう。中也はせめて酸っぱい葡萄では無い事を願うばかりだった。
「太宰が欲しい」
「正解」
「正解者への褒美は?」
「褒美として私をあげよう」
「二重じゃねェか、そりゃ豪儀だ」
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