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輪
「……本当に、趣味が悪い」
今日という日では無かったが、浪漫主義の中也がいつの日か求婚してくるであろう事を太宰は予測していた。可能性としては一ヶ月半後に迫った自身の誕生日ではないかと想定していたが、其れよりも早く祝われる立場である自分自身の誕生日に指輪を贈ってくる事ばかりは予想外だった。心の何処かでそれを期待していた節もあるのかもしれない。「真逆」という思いでそれを考えないようにしていたのは、再び心を開いた大切な人を喪う事を繰り返したく無かったからだ。
その時から太宰はずっと考えていた。
――趣味の悪い指輪だ。此れでは私が君の物だって丸分かりじゃあないか。
しかし太宰の返答を予測していたかのような中也の選択は、非の打ち所の無い簡素な白銀の指輪。揶揄いの言葉を投げ掛ける事で湧き上がる嬉しさ、恥ずかしさ、愛しさを誤魔化す事が出来なく為ってしまった太宰は只管双眸から涙を流し続けるだけだった。
「……私、からも……条件だ……」
黙って目許に口吻け涙を吸い取る中也の片手を太宰は両手で優しく握り込む。干からびるのではないかと思える程溢れ続ける涙が中也の指先に落ちる。
「私より先に死なないで……」
其れが何を意味する事なのか、気が付かない中也では無かった。僅かな切欠で崩れ落ちそうな自尊心を喉元で堪え、片手を背中に回して抱き寄せる。
「死なねェよ。手前より先に逝って溜まるモンか。俺が死ぬ時は手前も連れて行く。だから……もう離れたく無いんだ、一生傍に居てくれ」
「……自殺嗜好者で、不束なワタクシデハゴザイマスガ……」
「だから、自殺は止めろよな?」
「ずっと中也の傍に居たい……」
「覚悟しろよ、死ぬ暇なんて無い位四六時中愛し続けてやるからな」
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