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「手前と出逢えた事が、俺の産まれた意味だったんじゃねェかと今は思うな」 「初対面で蹴り飛ばしたのに?」 「手前だって今以上に手の付けられない糞餓鬼だったじゃねェか――――なァ、太宰?」 「――――なあに?」  一度触れたら離したく無くなる。右手が指を絡ませた太宰の左手を引き寄せ、その四番目の細く長い指に左手で手繰り寄せた小箱の中の小さな輪を嵌める。  飛び込んだ反射光に一瞬にして太宰の瞳に涙が溜まる。 「……中也、此れ……」 「しっかり給料三ヶ月分だ」 「違う、そうじゃあない」  太宰の左手薬指で真新しい輝きを見せる白銀の指輪。中也の趣向から考えればごく簡素な物で石も刻印も無いただの輪だった。震える太宰の左手を掬い上げ、指の付け根に敢えて音を立てて口吻ける。 「俺は未だ手前に見合う程人間が出来ちゃいねェし、此れからも手前を泣かせたり怒らせたりする事も有るとは思う」 「泣かないよ?」 「五月蝿ェ訊け」 「あい」 「――――其れでも、喧嘩した夜も手前の隣で眠りたいと思うし、手前の勧める日本酒も一緒に楽しめればと思う。酔い潰れて目を覚ました朝、隣に手前が居て呉れたなら其れが俺の幸せだ」  此の指輪を購入すると決めた時点で、何度も練習をして考え抜いた科白だったのだろう。触れる指先が尋常で無い程熱くなっている事に太宰は気付いていた。 「料理はしなくても佳い。だけど手前が俺の為に作って呉れるのなら有休が赦す限り残さず食う。成る可く手前の意見を尊重するが、自殺に直結する薬やら刃物は処分する。自殺の事を考える暇が有るなら俺の事だけ考えてろ」  条件の付け過ぎではないかと思えはしたが、求婚の指輪を贈るからには死んで欲しくは無いと考えるのは至って普通の思考であると中也は自負している。ただ、運転技術もさる事ながら料理の腕も壊滅的である太宰の手料理だけは可能ならば避けたいと考えるのは普通だった。可能性の一つとして態とやっているのではないかと疑った事もあった。しかし謀っている訳ではなく太宰の料理技術は素の状態であれだったのだ。

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