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事後
「私も好きだよ」
「――突然如何した?」
嫌いという言葉ならば今迄飽きる程訊いてきた中也だったが、太宰の口から好意の言葉を告げられるのは片手で足りる程度だったかもしれない。寝台の上に落ち掛けそうな灰を灰皿の上へと移動させ、寝具に包まる太宰の口端に口吻ける。
「偶には云ってあげないと不安に成るかなって」
「成らねェよ、莫迦」
寝具の中から手を出し中也の片腕をそっと撫でると吸いかけの煙草を灰皿に押し付け消火してから太宰の隣へと潜り込む。
「――一ヶ月半、位か」
「何が?」
「手前の誕生日迄、俺の方が『お兄さん』ってこった」
「……うわあ、餓鬼臭い」
高々一ヶ月半程度の僅かな期間であっても優越感を覚え満足気な表情を浮かべる体躯の小さな恋人に胸がざわつき始めると戯れるように胸元に額を押し付ける。
「餓鬼臭い俺は嫌いか?」
「誘導するとか小賢しい」
「佳いじゃねェか、俺の誕生日なんだろ?」
髪を撫でる中也の手がとても心地良く、胸元に一つ口吻けを落としてから首筋に沿って薄く舌を這わせて行く。
「……どんな中也でも好き」
嘗ては数多の女性に向けられていたであろう言葉が今は自分一人に対してのみ向けられている。他のどの女性達よりも最終的に選ばれたのは自分である事、女役を甘んじて受け入れてくれている事に中也は背中に回した両手に力を込める。
「……待って、折れる本当に折れるから背骨」
苦しそうに訴える太宰の声に込めた力を緩めると、涙を浮かべた抗議の双眸を向けられる。目尻に舌を這わせれば少しだけ塩の味がした。
「泣き顔に欲情する」
「泣いた訳では無くて、此れは痛みに伴う生理的な涙さ」
「そういう処、かわ……」
「いくない?」
「太宰の照れ隠しで天の邪鬼に成る処、慣れれば可愛いもんだぜ…………太宰?」
両手で顔を隠す太宰の耳は風呂上がりの様に紅潮していた。指先に数度口吻けた後舌先で指の間をなぞると擽ったさに耐えられなくなり僅かに隙間を開ける。
「……そういう事、云わないでよ」
「そういう事? 嗚呼、可愛いって?」
「其れ!」
「云われ慣れてねェから本気で照れてんのか」
いつも飄々と他人を掌の上で転がす太宰が耳までをも赤くして羞恥に堪える姿を見る事が出来るのは自分だけの特権であると、「らしくない」と言われようが自然と弛む口許は中也の心臓を柔らかく締め付けた。
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