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 太陽が忌々しいほど空で輝いている。  まあ、秋だし、そこまで強い日差しではないけれど。 「ねーねー、土曜のドラマみたー?」 「見たみた!」  朝の教室。  女子生徒たちの話題と言えば、ドラマや俳優たちの話だった。 「ユキトってどっちとくっつくのかなー。オメガだからやっぱりアルファの雅かな?」 「えー? でもベータだけど奏多だってよくない?」  話の内容から、土曜の深夜帯にやっているドラマの話だと想像できた。  バースもの、と呼ばれる、アルファやオメガを題材にしたドラマだ。  普通、バースものの場合、アルファないしオメガは女性が演じるが、深夜帯になるとどちらも男性なことがおおい。  まあ、実際問題オメガの中には男性がいるわけだから不自然なことではないのだが。  偏見を持つわけではないけれど、男同士でキスとかセックスとか言われるとうげーとなってしまう、俺、絶賛思春期の戸上朱里(とがみ しゅり)、17歳。  そんなにいいかねえ、バースものって。  正直俺には理解できない。  まあ、俺はベータだし、アルファやらオメガやらに振り回されることはないわけだけれど。  六年一貫校の進学校。それが俺が通う学校だ。  この学園内にどれだけのアルファとかオメガがいるのか正直知らない。  学年に有名なアルファとオメガはいる。  夏目ってやつと、オミとアルと言う双子。  夏目とアルはアルファで、オミはオメガらしい。  夏目に関しては本人が喋りまくってるから確かなんだろうけど、双子については確証はない。  けどみんなそう噂してる。  俺にとっちゃーどうでもいいし、っていうか口外するやつも珍しいなって思う。  アルファもオメガもあんま人に言ったりしないからだ。  その数の少なさから時折誘拐事件も起きるし、実際2年くらいまえ、オメガを狙った誘拐事件がこのまちで起きた。    ベータで良かったとつくずく思う。  アルファとかオメガとかそういう第二の性に振り回されなくてすむし。  オメガなんて3か月に1回発情期があるし。  発情期はマジなんにもできなくなるって言うし、しかもそれがいつかも続くとか、マジ拷問だろ。 「あー……ねむ……」  そう言って、俺は机に突っ伏した。  この町が抱える特殊な事情が原因だ。  この町に住むとちょっとだけ超能力は使えるようになる。  ほんとにたいした力は身に付かないんだけど、俺は未来がたまーに、ちょっとだけ見えたりする。  その代わり、力を使ったあとは超眠い。  しかもどのタイミングで見えるかわかんないから、使い勝手はよくない。  今朝なんて何の脈絡もなく某俳優が結婚するって言うのが見えた。  どうでもいい。激しくどうでもいい。  そんなどうでもいいもののためにこんなに眠気に襲われるとか、損しかない。 「……朱里、起きろよしゅーり」  見事に夢の世界へと旅立った俺を、友達の声が迎えに来る。 「うーん」 「先生来てるぞ」  眠気に負けながら、俺はその日1日授業を受けた。  こんな力まじいらねー。  放課後、俺は大あくびしながらぼんやりと廊下を歩いていた。  俺は中庭の掃除当番だ。  男女5人で行うのだが、わりとサボるやつが多い。  けど、今回はサボるやつがいなかった。  それもこれもあいつがいるからだろう。  夏目飛衣(なつめ とい)。身長は俺よりもちょっと高くて。焦げ茶色の髪の、少し大人びた少年。  アルファと自称するだけあり、見た目はいいし、人を引き寄せる何かがあるのは確かだった。  こいつのお陰で女子生徒たちのモチベーションが高い。  夏目には女生徒3人が群がっていた。  人気者はいいね。  いや、別に俺恋愛ごと興味ないけど。  10月も終わるということもあり、中庭には、落ち葉が散るようになっていた。  お陰で普段より掃除のやりがいがある。 「これもうちょっとしたら枯れ葉で超大変になるわよねー」  と、ほうきではきながら女子の一人が言う。 「えー? でも枯れ葉いっぱいって楽しくない?  踏むと超いい音するし」  そうべつの女子が答えると、最初に言った女子はそうかなーとか言う。  喋りながらも手は止めないのは立派だろうか。  なお、俺は枯れ葉いっぱいは楽しいと思う派だ。  いい音するのは確かだが、それ以上に集めた枯れ葉をかかええばーってばらまきたくなる。  やらないけど。 「ごみ袋、持ってきたぞー」  ここの掃除管轄の男性教諭が、大きなごみ袋を持ってやってきた。 「夏目君て、お迎えだっけ?」  大きなちり取りで枯れ葉を集めながら、女子が夏目に尋ねる。 「うん。基本は」 「いいなあ。好きな時間に帰れて」 「そう? モノレール通学なら寄り道できるしいいじゃない」  そして、夏目はにこりと笑う。  こんな中庭掃除中ですが、その笑顔みたら、ずきゅーん、とくるんじゃないかな、女子は。  実際、女子のうち2人は頬を赤らめている。  ひとりはそこまで興味がないらしく、さっさとかえろーと言っている。 「あとはごみ捨て場にごみ持ってったら終了だ」  と先生が言う。 「俺、持っていきますよ。だからみんな、帰っていいよ」  と夏目が言った。  女性陣は、ありがとう! と言ってきゃっきゃいいながら中庭を去っていった。  枯れ葉は大きなごみ袋二つ分にはなっていた。  さすがに夏目ひとりに任せるわけにはいかないので残ったが、夏目は俺の方を見ると、 「戸上も、別にいいのに」  と言った。  そんなやり取りはスルーして、先生は掃除用具の片付けをチェックして、気を付けて帰れよ、と言って教室に消えていった。 「さすがに、ひとりでもってぐには量多いでしょ」  と言って、ごみ袋を持ったときだった。  空を舞う黒い物体が、夏目目掛けておちてくるのが見えた。  これは予知だ。そう思った瞬間、俺は咄嗟に夏目に向かって手を伸ばし、腕をつかんで引っ張った。 「え?」  驚く夏目の声のあと、さっきまで彼がたっていた場所にひゅーっと音をたて何かが落ちてくる。  それは黒板消しだった。  どこかの教室から落ちてきたのだろう。  地面にぶつかり、黒板消しは鈍い音を立てる。 「ごめんなさーい、大丈夫ですか?」  という、中学生とおぼしき声が聞こえる。 「大丈夫だよ」  と、夏目が答える。 「超能力つかったらコントロール間違えて……飛び出しちゃいました。  ほんと、すみません」  何て言ういいわけが聞こえる。  それは仕方ないとか言う気はない。  コントロールできないなら使うんじゃねー。  俺なんてしたくてもできないんだぞ。  やばい、意識が途切れる。 「え、あ、え? 戸上?」  夏目の戸惑った声を聞きながら、俺はすうっと眠りにおちていった。  匂いがする。甘いあまーい、匂い。  なんだろうこの匂い。バニラ? うーん、よく分からない。  ゆっくりと目を開ける。  そこは知らない部屋だった。  俺の布団と違う、高そうな羽毛布団。  大きなベッドに、見覚えのある焦げ茶色の髪の毛。  ってえ?  夏目が、俺の隣で寝てる。  その状況の処理に俺の脳はついていけなかった。  なんで俺、夏目と寝てる?  え? あれ?  思い出せ、俺。  確か、中庭掃除で中庭行って、あいつの上に黒板消し落ちてくるのが見えて、とっさに夏目の腕引っ張ったんだ。  で、スッゲー眠気に襲われて……  俺はここにいる。  いや、わけわかんねーし。  ここどこ?  学校じゃないし、うちでもない。ってことは夏目の家だろう。  夏目の家で、何で俺は夏目と寝てるんだ?いや、ワケわかんないでしょ。  身体をおこし、ひとりで問答していると、夏目が目を覚ました。 「やあ、おはよう」  甘いテノールで、夏目は言った。 「お、おはよう」  呆気にとられつつ答えると、彼は身体を起こし大きく伸びをした。  トレーナー姿なのに鎖骨とかちらっと見えて色っぽいのはなぜだ。  同じ高校2年のはずなのに。  目のやり場に困っていると、夏目は笑い、 「そんな困った顔しなくても」  と言った。いや、するだろう。  俺、特に仲いいわけじゃない男と何で寝てたんだよ。 「なあ、夏目」 「何?」 「ここ、お前んち?」 「そうだよ」 「何で俺、お前んちのベッドで寝てたんだ?」 「君が中庭で俺の腕引っ張って。  そのあと黒板消しが落っこってきたんだけど、そしたら君がふらって倒れたんだ」  やっぱり寝ちゃったのか。  この能力マジ要らねー。  試験内容とか見えればいいのに、自分に関係あることはなーんもわかんねーんだよな。 「そっか。ごめん、俺、力の副作用でさ、眠くなるんだよね」 「副作用?」  そう言って、彼は目をしばたかせた。  俺は頷いて、 「そう。俺の力って未来が見えるんだ。  俺とは関係ないやつの未来が多いんだけど。  自由に使えなくてさ。今朝も芸能人が結婚するって言うのが見えたんだけど、すっげーどうでもいいし」 「芸能人?」 「そ。羽鳥那由多(はとり なゆた)だっけ。実はアルファで、なんか男のオメガと結婚するとかなんとか」 「まじで」  夏目は笑って言う。  ここは超能力の町だ。さすがに疑いはしないだろう。   「まだ若い俳優さんだよね。その年で結婚して、しかも男性のオメガ相手ってのを公表するとか、なかなか勇気がいる」 「そうそう。俺も驚いたけど、うーん……数日内に発表されるんじゃねーかな」  俺の能力は即時から数日後と幅が広い。  そして、それがいつなのかはいつもよく分からない。  さっきみたいに見えたのは正直珍しい。 「そっか。俺の腕引っ張ったのって」 「夏目の上にあの黒板消しが落ちるのが見えたから」 「そう言うことか。  びっくりしたよ。倒れたかと思ったら寝息たててるし。起きないし。  放ってはおけないし、保健室に置いとくわけにもと思って連れて帰って来ちゃった」  そして、夏目は笑う。  イケメンが笑うとやべえ。  男になんて興味ない俺でもぐらってくるぞ。 「寝てるのみてたら釣られて寝ちゃったんだよね」  言いながら彼はベッドから立ち上がる。   「問題ないなら良かった。  病院に最悪つれていかなくちゃかなって思ったんだけど」 「ごめん、それは大丈夫、いや、まじで」  そう言うと、夏目は俺に手を差し出した。 「立てる? 家まで送っていくよ」 「い、いや、いいって。俺、ひとりで帰れるから」  すると、夏目は目をぱちくりさせたあと、ふっと吹き出した。 「ベータでも、俺が誘ったらイエス以外の答えなんて言わないけど。  面白いね、君」  それはどう言う意味ですか。  戸惑っていると、夏目は俺の頬をスッと撫でた。  なぜだろう、さわられたところがじわりと熱くなる。 「今日は、なにもしないでおいてあげる」  その言葉の意味を、俺が理解できるわけなかった。

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