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弐
凍てつく風が、街路樹の葉を撒き散らす。
歩く度に枯れ葉を踏む音が、さく、さくと響いて心地いい。
今朝は予知を見なかった。
お陰で俺は勝った気持ちでいた。
毎日こうだといいのだが、そうはいかないんだろうってこともわかってはいる。
朝の教室はなんとなく気だるい空気が流れる。
まあ、俺はだるいけど。
昨日、夏目の申し出を振り切って、歩いて家に帰った。
時間は7時過ぎとさすがにちょっと遅くて親には心配されたが、
「いつものやつ」
と言ったら超納得して追及はしてこなかった。
されても正直困るけど。
「ねーねー! 羽鳥那由多結婚だってー!」
スマートフォン片手に女子生徒のひとりが言う。
「うっそー? 相手誰? 女優?」
「一般人みたい。しかも男のオメガって」
「うっそー! 羽鳥ってアルファだったのー?」
どうやら昨日の朝見た予知が現実に起きたらしい。
あー、どうでもいい。
俺は自分の未来の彼女が知りたい。
なんで自分に関するものは見えないんだよチクショウ……
「男同士で結婚? アルファとオメガで?」
「キャー! うそー。超萌えるんだけど」
女ってすごい。
男同士の結婚でひくかと思えば、逆に妄想力をフル活動させてるらしく、さまざまな言葉がこぼれてくる。
それ朝から話しますか、ほんとに。
「おはよう戸上」
「んあ?」
顔をあげると、夏目のきれいな顔があった。
あー、イケメンは朝も爽やかだね。
「おはよー」
「昨日の話、ニュースになったみたいだね」
「あー、うん。そうだねー」
そう答えて、俺は頷く。
「そういう力って、自分に関するものは見えないって聞くけど、そうなの?」
「あ? うん。自分に関するものは見たことないやー。
見えたら便利だけど、好きに使えるわけじゃないから使い勝手悪いしなー」
そして、俺は苦笑する。
「毎回あんな風になってたら確かに大変だね」
「そうそう。どうやってもコントロールできねーんだよなー」
ほんと、自由に使える能力者になりたい。
そう思い、小さくため息をつく。
「まあ、確かに、能力って解明されていない事が多いからね」
そうなのだ。
そもそも何でこの町に住むと超能力が使えるのかわかっていない。
こんな力でも憧れるやつらがいて、移住希望が絶えないってのが正直信じられない。
「中にはそれこそ漫画みたいに強い能力者もいるのにね」
そう言って、夏目は振り返った。
オミだ。オメガの噂が絶えない生徒。
彼はクラスメイトの翔太郎と話をしながら席につく。
オミは強力な超能力者だ。
年に一度ある超能力検査で、彼の能力を観たことがある。
爆炎が、校庭の中央で踊っていた。
本人いわく、序の口らしい。
あんな強い能力者になれたらいいのに。
いや、それってアルファやオメガで生まれる確率よりも低いかもしれない。
やっぱ平凡がいい。
「じゃあね、戸上」
夏目は俺から離れると、オミたちへと近づいていった。
俺は彼らには何の興味もないので机に突っ伏した。
「しゅーり」
友人の声に顔をあげる。
手塚ライが、俺の机の前のスペースにしゃがんでこちらを見上げていた。
「お前、昨日夏目に抱えられて帰ったって、まじ?」
真面目な顔をして言うライに、俺は頷いた。
「いつものだよー。朝も予知して放課後もって。
1日2回は耐えられねーよ」
「あー、それで寝ちゃったのか。お前、貞操大丈夫?」
後半、声を潜めるライに、俺は困惑した。
貞操って言いました? 今。
俺が、え? って言うと、ライは小声で答えた。
「夏目の話、知らねーの?
あいつ、男でも女でも好みの相手なら誰でもいいんだぜ」
好みの相手って何。
「ライ。俺、いたって平凡。見た目フツーだし。それならよっぽどオミとかの方がいいじゃん」
実際いま、夏目はオミに話しかけている。
あまり相手にされてないみたいだが。
オミと言うのは、165センチ位の身長で、黒髪を長く伸ばしている。
見た目もさることながら、柔らかい物腰が女性っぽく、それがオメガと言う噂を呼んでいるんだと思う。
髪を切るだけでだいふ違うだろうが、本人は全然髪を切ろうとしない。
「あー、あれはあれで夏目ずっと狙ってるみたいだけど。
そうじゃなくてさ、朱里」
「何だよ」
「夏目って自分が興味ないと基本話しかけないんだよ。
で、興味持った相手は皆、夏目は食うって話だぜ」
食うって何。肉食獣かなにかっすか。
困惑する俺の頭上で、チャイムが鳴り響く。
ライは立ち上がりながら、
「背後には気を付けろ。
その特は相談にのってやる」
という発言を残し、自分の席へと向かっていった。
そんな風には見えないけどなー。
授業中、ちらりと夏目をみる。
いたって真面目そうな普通の生徒だ。
どう言うことだろう。大して興味のある相手ではないので詳細をがちで知らない。
あのアルファが俺みたいなベータ、って言うか欠陥のある能力者に興味もつか?
わかんねー。まじわかんねー。
ライのお陰で授業はあまり頭に入ってこなかった。
あのやろう。とは思うが、あいつはたぶん心配して話してきたのだろうから、悪態はつかないけれど。
とりあえずよくわからないので、俺は考えることをやめた。
放課後。
今日もまた中庭掃除である。
昨日と同じように中庭には枯れ葉が舞っている。
正直、これはこれでやりがいがあって楽しい。
それは夏目なんかも同じらしく、ざっざと枯れ葉を掃いていく。
「ねーねー、戸上君」
女子の一人が声を潜めて話しかけてくる。
「なに?」
正直女に話しかけられ慣れていない俺は内心どぎまぎしていた。
「昨日倒れたって聞いたけど大丈夫?」
「え? あ、うん。大丈夫」
「なんか夏目君につれてかれたって聞いたから」
その言い方に含みを感じ、俺は困惑した。
「無事ならいいけど」
そう言って、彼女は離れていく。
なに、なんなの?
彼女はたしか、夏目にそこまで興味はないらしい子だ。
中庭までの移動では他の女子と一緒に夏目にくっついていたが、掃除を始めると全然寄り付かない。
他の二人はたまに話しかけてるのに。
つーか、夏目ってなに。
何者です? アルファということ以外、俺はまじで知らねーぞ。
俺は大丈夫なんだろうか。
いや、うん。別になにも起きてないし。
俺は頭を振って掃除に意識を集中させた。
掃除を終え、ごみ捨て場にごみを片付けると夏目が言った。
「一緒に帰らない?」
「え? お前迎えじゃねーの?」
昨日そんな話をしていたはずだ。
すると、夏目は頷いて、
「そうだけど、たまにモノレールとかつかって帰るよ。
最寄り駅一緒でしょ」
何で知ってるんだよ。
と思ったが、昨日帰るとき夏目の家の場所を確認したときに言った気がする。
断る理由なんてなにもなく、俺は頷くことしかできなかった。
今の季節、4時を過ぎると大分日が傾き、町をオレンジ色に染め上げる。
俺たちは町を巡るモノレール駅に向かって歩いていた。
やっぱり夏目からは匂いがする。
バニラみたいな甘い匂い。
並んで歩いているとよく香る。
「夏目」
「何?」
「その甘い匂いって何、香水?」
俺の問いかけに、夏目は笑った。
「意外かも知れないけど、俺は香水つけないよ」
「え、うそ」
思わず目を大きく見開いて、そう言ってしまう。
超意外。夏目みたいなイケメンは香水とかつけるものだと思ってた。
「アルファだよ、俺は。
そんなものつけなくてもフェロモンでどうとでもできるし」
そう言って彼は立ち止まった。
「例えばさ」
言いながら、彼は俺の首筋へと手を伸ばしてきた。
触られたところから、じわりと熱が広がっていく。
甘い香りが俺の身体を包み込むような感覚がして、俺はめまいを覚え、思わず夏目にしがみついた。
「こうやって、ベータの君を誘惑する事もできるんだよ」
身体を抱き締められ、甘い香りが強く香る。耳元でテノールで囁かれると、脳がもっとほしいと叫び出す。
欲しい? 欲しいって何が。
混乱する俺を包んでいた甘い香りが、徐々に薄まっていく。
「大丈夫? 戸上」
「え、あ……うん」
まだ気だるいけれど、俺は夏目から離れ大きく息を吸った。
なんだ今の。
俺、男になんて興味ないはずなのに、何でこんなドキドキしてるんだ。
赤い日の光のなかで、夏目は笑っていた。とても同い年のこうこうせいとは思えないほど、妖艶に。
「行こう、朱里」
腕を掴まれ、俺はふらふらと夏目に支えられるようにして駅へと歩いていった。
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