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 11月1日水曜日。  今朝も予知を見なかった。  よし、2日連続。  まあもともと気まぐれだし、1日に何回も見るときがあれば、全然見ない日が1週間位続くこともある。  見たら見たで厄介だけど、見ないは見ないでまるで俺が本当に普通の人間であるみたいで、寂しくなる。  なにせ、この能力がなければ、俺は本当に大勢の中に埋まるような人間だからだ。  見た目がいいわけじゃないし、背も特別高いわけでもないし。  女子にもてるわけでもないし。成績は普通だし、運動も普通。  とび出て得意なものなんて何もない。  町の外のやつから見たら、この予知でも十分非凡なものになるだろうが、残念ここは超能力者の町。  俺みたいな能力者はいっぱいいる。  授業中、俺はぼんやりと昨日のことを考えた。  ライたちに言われたこと。  夏目の甘い匂い。  あの匂い、アルファのフェロモンなのか。  ベータでも誘惑できるって言ってたけど、あれってオメガにしか影響ないと思ってた。  あいつのフェロモンがおかしいのかな。  まあそれはあり得そうだ。  夏目ってたしかいいとこの坊っちゃんだよな。  家もでっかかったし。  っていうか、なんで俺あいつにあんなことされたんだ?  あいつが俺に興味持ってる? ライが興味ないと話しかけないとか言ってたけど。まじで?  あー、誰かなんか情報もってないかな。  ライ以外だと誰がいる? あー、|一之瀬和沙《いちのせ かずさ》がいる。  俺と同じ予知能力者だ。  いや、予知能力って割と一般的でクラス見渡せば3割はいるはずだけど。  俺の予知した後急激に眠くなるっていうのはかなり珍しいケースだが、一之瀬の力も別の意味で珍しいものだった。  人の死に特化して、予知ができるらしい。  身近な人間に死も見えたりすることがあるらしく、辛い、と言っていた。  予知にもいろいろ種類があるけど、一之瀬のは、うん、ちょっとかわいそうだなと思う。  一之瀬は結構人当たりよくっていろんな奴と話てるから夏目の噂知ってるかも。  あとで聞いてみよう。  チャイムがなり、短い休み時間が始まる。  次、4限目は体育だ。  体育館の更衣室に体操着袋を持って向かっていくと、夏目が話しかけてきた。 「4限目の体育ってきついよね」 「あぁ、うん。そうだな。  腹減ってるのに更に腹空かせようって魂胆なのかな」 「別に俺たちが空腹になったって何にもならないと思うけど」 「まあ、そうだけどさー」  とはいえ、4限目の体育は辛い。  体育館の更衣室でのろのろとジャージに着替え終わったときだった。  頭の中に、映像が浮かんだ。  あれは3軒隣の清水のじいちゃん。  朝と夕方散歩を日課としているじいちゃんで、登下校時に顔を合わせることが多かった。  そのじいちゃんが、ベッドで眠っている。  安らかな顔で。  鳴り響く目覚まし時計の音。けれどじいちゃんは動かない。  戸が開き清水のおじさんが入ってきて、じいちゃんの身体を揺さぶる。  けれどじいちゃんは動かない。  ああ、これは。じいちゃん死ぬんだ。  まあ、じいちゃんたしか90越えてるはずだし。そりゃあなあ、って思う。  悲しいけど、大往生ってやつだよね。  清水のおじさんが慌てたようすで部屋を出ていったところで、映像は終わった。  って、ちょっと待て。  俺にしてはロングランな映像だったぞ。  ってことは、もしや。 「戸上?」  聞き覚えのあるテノールと、甘い匂い。  俺は振り返り様、彼、夏目にしがみついた。 「やばい、俺、寝る」  普段にも増して強烈な眠気に襲われ、俺はすとん、と目を閉じた。  あー。  どうでもいいとは言わないけどさー。  そういうのって見えても損も得もないんだけど。  じいちゃんはご近所さんだ。  けど、ただそれだけだ。  深い付き合いがある訳じゃない。  なのに死ぬのが解っちゃって。しかも他人である俺が。  あー。家族に知らせてやれよそういうのは。  あーでも、こういう死に関することって、予知しても言うなって言われてるっけ。  混乱を招くだけだからって。  あー、じいちゃん。  帰り会ったらちゃんと挨拶しよう。  甘い匂いがする。  これは夏目の匂い、かな。  この匂い、もっと嗅いでいたい。  頭の奥が、じんと痺れるような感覚に、ゆっくりと意識が浮上していく。  時おりお世話になる、保健室の匂い。  夏目の匂いはしない。気のせいか、あれは。  誰かが保健室まで運んでくれたのか。  服装を確かめると、俺は体操着だった。  体操着に着替え終わったあとでよかった。下着姿で寝てたら超恥ずかしいことに。  つーか今何時だろう。  そう思って身体を起こすと、しゃーっと音をたてて仕切りのカーテンが開いた。  現れたのは制服姿の夏目だった。 「あ……夏目」 「2度目だね。眠る君を運んだのは」  言いながら、彼はカーテンを閉じる。 「先生、今いないみたい。  5限目終わったところだけど、大丈夫かい」  マジっすか。てことは俺、2時間以上寝てたってことか。 「眠い以外は」  そう答えると、夏目は笑った。 「はは。確かに超眠そうだね。  このまま寝てる? 帰るのもありだとおもうけど」  帰るって言うのも確かにありだがどうしよう。  眠いは眠い。だけど、今度またいつ眠気に襲われてってなるかわからないことを考えると、あまり授業を休みたくはない。  俺は首を振り、授業に戻ると伝えた。 「そう? 残念だな。君を送るのを口実にサボろうと思ったのに」  と、ふざけた口調で言う。 「何言ってるんだよ。夏目ってそういうキャラなの?」 「別に俺は真面目ではないと思うよ」  言いながら肩をすくめる。 「俺には真面目なやつってイメージだけど」  言いながら俺はキョロキョロとベッド回りを探した。  ベッドのすぐ横に籠があり、そこに制服がきれいに畳まれて入っている。  その様子を見た夏目はああ、と言った。 「制服、置いといたんだ。着替えるかい?」 「あぁ、うん」  俺は答えて、ベッドからおり制服を手にした。  ジャージを脱いで畳んでいると、夏目はじっとそれを見つめていた。  男が男の着替え見て楽しいのかな。  そうは思うものの、男同士であるがゆえに追い出すのもおかしいと思い、俺はさっさと着替えることにした。 「力の副作用があるって珍しいね。あんまり聞いたことないけど。」 「そうだなー。  なんか強い能力者だと副作用? ってあるって言ってたけど。俺程度の能力であるのは珍しいって言われたな」 「今まで気にもしてなかったけど、授業中とか何か見ちゃってあんな風に寝ちゃうことあるの?」 「見ることはあるけど。  いつもはあそこまで早くは寝ないし。  授業終了まで頑張って起きてられるくらいではある」  そうなんだ。  急激な眠気に襲われるが、耐えられないほどじゃないんだいつもは。  ただ1日に複数回とか、長い映像を見た後は無理。  絶対に無理。  某マンガキャラ並にあっというまに夢の中だ。  着替え終わると同時に、廊下でチャイムが鳴り響くのが聞こえる。 「あ、やっべ。早く戻らねーと」 「あぁ、そうだね」  夏目はカーテンを開ける。  保健の先生がいたので一言挨拶して、俺たちは教室へと戻って行った。  放課後。  掃除を終えた俺はさっさと帰路についた。  夏目に声をかけられたが、用事があるからと言って走って帰った。  今から帰ればまだ間に合うはずだ。  駅をおり、家のほうへと向かう。  夕暮れの町を、俺みたいな高校生や、買い物帰りの主婦なんかが歩いて行く。  いつもと同じいつもの光景だった。  家の近くで、見慣れたじいさんに会った。  背筋をピン、とのばし、綿パンツに、グレーのジャケット。それにおしゃれな黒いハットをかぶったじいさん。清水のじいちゃんだ。  視線が合うと、じいちゃんはにこりと笑い、 「おかえり」  と言った。 「あ……はい、ただいま」  おかえりって、今まで言われてたっけ? あれ? 思い出せない。 「朱里君、いま17だっけ」 「はい、そうです。よくわかりましたね」 「ぼけずに、今日まで来られたからなー」  そう言って、じいちゃんは笑う。  あぁ、でも、じいちゃんもうすぐいっちゃうんだ。 「大きくなったなー。頭まで手が届かない」  手が、腕に触れる。  こんなことしてきたの初めてな気がする。  触られたところが暖かい。って思うのは気のせいだろうか。 「じゃあな、朱里君。」  俺が固まっていると、じいちゃんは手を離してそう言った。  予知でみた映像を思い出し、俺は慌ててじいちゃんに頭を下げて足早にその場を去った。  やばい。そんなに仲が良かったわけじゃないのに、涙が頬を伝ってくる。  俺は家を通り過ぎ、近所の公園まで行って涙がひくのを待った。  さすがにこんな顔して家に帰るのはムリだ。  あー。  顔洗いたい。  俺は公園の水道で顔を洗い、ハンカチでぬぐって公園を出た。 「戸上?」  聞き覚えのある甘いテノール。 「ふえ? え? な、夏目?」  目を瞬かせて俺は、夏目を見た。  制服姿ってことは、学校帰りなんだろう。  手に紙袋を抱えているってことは寄り道をしてきたのだろうか。  夏目にとって、ここは通り道なはずだから不思議ではないのだが、こんな時に顔を合わせるとか。  正直気まずかった。 「何してるの、そんなところで」  不思議そうな顔をする夏目に、俺は首を全力で横に振った。 「なんでもないなんでもないなんでもない」  あぁ、これじゃあ何かあったと言ってるようなもんじゃないか。  夏目はおかしそうに笑うと、俺に近づいてきた。  手が、頬に触れる。 「目、紅いけど大丈夫?」  甘い匂いが、俺を囲い込む。  この匂い。夏目のフェロモンだ。 「いや……うん」 「本当に?」  甘い声に、少しプレッシャーを感じるのは気のせいだろうか。  本当のことをしゃべらないといけない、っていう気持ちがわずかに芽生える。  匂いに頭がぼうっとしてくる。  やばいかもしれない。身体の中心が熱い。  匂いが徐々に強くなっていく。  これ以上はいけない、と思い、俺は身を引いた。 「戸上?」 「あ、うん……ほんとうに、俺、大丈夫だから」  そう言って、俺は笑うと夏目はにこっと微笑んだ。 「そう。  じゃあ、またあした、学校で」 「うん」  俺は手を振って、夏目が歩いてきた方角へと歩き出した。 

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