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番外編 エゴ――飛衣視点
12月が近くなると、さすがに朝は寒くなる。
車通学とはいえ、駐車場から教室までの道のりは寒く、最近はコートを着込む日も増えた。
朝の、少しざわついた教室。
生徒たちの会話はドラマやアニメ、漫画の話ばかりだ。
俺はそういったものにそこまで興味はないが、知識は持っているので同級生たちの話がわからないということはなかった。
「あ、おはよーオミ君」
女子生徒の声が聞こえ、俺はそちらを見た。
肩甲骨よりも伸びた長い黒髪に、灰色がかった瞳。眠そうな顔をしたオミは、その女子生徒に手を振り、笑顔を見せる。
彼は自分の席に向かうと鞄をおろし、同級生たちと会話を交わす。
オミはあまり背は高くなく、その髪型のためにみなオメガと勘違いしている。
俺も最初はそう思っていた。
彼からはオメガの匂いがしたし、見た目に惑わされそう思い込まされていた。
彼の双子の弟から、発情期前のオメガ特有の匂いを感じるまでは。
弟の方は、いつもアルファの匂いを纏っていた。
今思えば、誰かがマーキングして彼をアルファと偽装させていたのだろうと思う。
オミか、それ以外の存在かはわからないが。
オメガと言えば差別されがちであるし、彼らを狙った誘拐やレイプ事件も時おり起きる。
それを思えば、弟を守るためにアルファに偽装させていたという考えは間違っていないだろう。
「なんで、オメガのふりなんてしてるの」
もうどれくらい前になるか。夏休みが明けてしばらくしたころだったと思う。
俺はオミにそう尋ねた。周りに聞こえない様に、ひっそりと。
オミはなにも答えなかった。
彼は俺を見ようともせず、完全にいないものかのように俺を無視して、ロッカーから教科書を出して教室へと消えていった。
オミはアルファだ。
であるのに、オメガを偽装する意味が正直わからなかった。
そんなことをしても、ただ身を危険に晒すだけだろうに。
2年前に町で起きた、オメガを狙った誘拐事件。
国会議員である父が持っていた事件の資料に、彼の名前があった。
あんな目にあってもなお、オメガを偽装し続ける意味があるだろうか?
だから興味をもった。こんな酔狂な偽装をする意味を知りたかった。
けれど、彼は俺を相手にしない。
嫌そうな顔をみせ、時折突っかかってくる。それがまた面白くて仕方なかった。
彼は俺の噂――オメガでもベータでも構わず手を出していると言うもの――がお気に召さないらしい。
その噂に嘘はないし、常に何人か囲っているのは事実だが。
アルファなんてそんなものだろう。
何人ものオメガと寝て1番いい相手を選ぶのは、アルファなら皆やっていることだ。
今の俺はそういう番だとかに興味はないが、アルファもオメガも、運命の相手と言うものを求め、いくつもの出会いを繰り返す。
俺が彼に構うのが気になるらしい朱里は、俺がオミに話しかけているといつも俺たちを見つめる。
嫉妬している自分に戸惑っているのか。
複雑な顔をみせ、俺と視線があうと慌てて目を反らす。
オミはオメガじゃない。
そう伝えているのに、不安で仕方ないらしい。
正直彼から向けられる、嫉妬と戸惑いとが入り混じった感情は心地よかった。
オメガはもっとどろどろした、俺を独占したいがために敵意をむき出しにしてくる。
けれど、彼はそう言った仄暗い感情とは程遠かった。
「すぐに飽きると思いましたが、まだ彼を囲っていらっしゃるんですか」
家に着くと、心底不思議であるという声音で、運転手の榊が言う。
「飽きるって何が」
「いいえ。
今まで、何度も自宅に連れて来た相手など、いなかったと思うので」
淡々と言う彼の言葉に、俺はそうだったかと考えた。
誰と出会い、誰と別れたかなんていちいち覚えてはいられない。
「べつに。俺は傍に置いておきたいと思ったら置いておくし、いらないと思ったら手放すだけだよ」
そう答えると、榊はいぶかしげな表情を見せた。
「彼は、ベータでしょう?」
「榊は何が言いたいの」
10年以上、俺のそばにいる彼に対して、思わず冷たい声が出てしまう。
彼は首を横に振る。
「飛衣様が、傷つくのではと思ったので」
「傷つくとしたら、俺よりも彼の方じゃないかな。
俺の匂いに敏感だったから、ベータでありながら同性に抱かれてるんだから」
べつに匂いだけが理由ではないけれど。
俺にはよくわからないが、同性に抱かれるなんて屈辱的なことなのではないだろうか。
しかも彼は望んで俺の腕の中にいるわけじゃない。
強引に、不条理に、俺に囲い込まれたのだから。
榊はそれ以上なにも言わなかった。
彼は俺がいろんな人間と関係を持っているのは知っている。今までこんな風にその関係に口を挟んできたことなどない。
それだけ、俺は普段と違うように見えるということだろう。
ただのベータに溺れるアルファなんて、滑稽だと自分でも思う。
部屋に漂う俺の匂いで、朱里は頬を紅く染め熱い吐息を漏らす。
俺は立ったまま彼を背中から抱きしめ、服を脱がせた。
露わになったうなじについた、俺の噛み痕。
先週つけた傷痕は、まだ赤黒く残っている。
その傷をぺろりと舐めると、彼はびくんと身体を震わせる。
「これ、体育の着替えの時誰にも見られなかったの?」
「……う……ガーゼ、貼ってたから……あうっ」
まあ、うっ血していたしそれくらいしていても不自然ではないが、周りにどう説明したのだろうか。
「予知で、倒れたときぶつけたと言ったら……ひっ……」
そういうことか。
彼の超能力の副作用。
予知をすると、眠気に襲われるという。
確かにそれなら皆納得するだろう。
俺は、傷を舐めまわしながら背後から胸を撫でた。
朱里は吐息を漏らし、身体を捩じりこちらを振り返った。
欲情した瞳で俺を見つめ、彼は言う。
「ここじゃ、やだ……ベッドが、いい……」
ドクン……と、心臓が高鳴る音がする。
俺は彼の望むままにベッドに押し倒し、覆いかぶさって唇を重ねた。
欲しい。
早く欲しい。
けれど彼はオメガじゃない。
無理をすれば、朱里を傷つけてしまう。
それは俺が望むことではない。
じっくりと時間をかけて、俺は彼の身体を拓いていく。
「朱里……」
耳元で囁けば、彼は恥ずかしそうに顔を反らす。
そんな反応も、俺を煽り立てていく。
「ねえ、朱里。教室で、俺のこと見てるよね」
「……そんな……こと……」
想像通り、首を横に振り彼は否定してくる。
「気になるの、俺が誰と話しているのか」
「ちが……ん……」
ローションをたっぷりとつけた指で、彼の中を犯していくと、朱里は恥ずかしそうに唇を噛み声を殺す。
「朱里、嫉妬してるの?」
「そんなこと……あぁ!」
指をくいっとまげて、前立腺を刺激すれば彼はびくりと背を反らし、声を上げる。
嫉妬してるとか、彼は絶対に認めないだろう。
理性と欲望の間で揺れ動き、戸惑う彼の反応が俺の心を乱していく。
少しずつ彼は理性をとかしていき、最後には自分から求めてくる。
アルファとベータ。
いつかは壊れるであろう関係は、とても危うく、不確かだ。
だから今目の前にある現実を、少しでも繋ぎ止めたくて。
俺は彼をこの腕にとらえる。
離さない様に、毎週末彼を呼び寄せ、身体をつなぐ。
「ひあ……飛衣……奥」
足を抱え上げて彼を貫けば、朱里は自分から腰を揺らしもっと欲しいとねだってくる。
完全に理性を失い、蕩けた瞳で俺を見つめしがみ付いてくる。
いつまでも続きはしないこの時間を、少しでも長く過ごしたいと思うのは俺のエゴだろうか。
俺のエゴに囚われた彼は、不幸だろうか?
そんな俺の想いとは裏腹に、彼は甘い声で言う。
「飛衣……好き、もっと……ちょうだい?」
「……朱里、煽られたら俺、我慢できない」
俺は抜かずにそのまま彼の身体を抱き起し、膝に座らせて朱里の身体を揺らした。
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