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1.ハイヒールで
1.ハイヒールで
日替わり定食を頼むと新田先輩と同じものが食べられる。
そう気付いてから昼食は、新田先輩に誘われるいつもの会社近くの定食屋で、新田先輩と同じ日替わり定食を頼んでいる。
「なあ笹原、今日のハンバーグ、塩辛くなかった?」
「あ、先輩も思いました?‥‥そういえば昨日、眼鏡のお姉さんがレジで、今日はマスターが買い出しに行くから駒沢さんが厨房入るって言って‥‥」
きゃあっ!という女性の悲鳴で会話が中断する。
振り返ると、四十代後半に見える洒落たスーツ姿の女性がしゃがんでいた。
先に動いたのは新田先輩。
「どうしました?」
差し出した手に捕まる女性は、立ち上がろうとするも足元が覚束ない。
見れば、ハイヒールの踵が側溝の蓋の穴に嵌って折れていた。
「ごめんね。珍しくこんなもの履いたりするから。」
新田先輩の支えでようやく立つ女性。
これから同世代の友人の結婚披露宴に行くのだそうだ。
「スーツはどうにかなったけれど、靴がね。この先履く機会なんて無いだろうし、今日の為にだけ新しく買うのもなーって昔のを引っ張り出してきたのがいけなかったのよね。」
「僕はハイヒール履く女性って素敵だと思いますよ。似合うのだから普段からお履きになればいいのに。」
「まあ。歳を見てものを言って。うふふ。」
新田先輩はよく女の人を褒める。
その度俺は寂しくなる。
真っ直ぐに立てない女性が腕時計をちらりと見た。
「そういえば先輩、」
「なに、笹原。」
「角を曲がった商店街に、ありましたよね、靴屋。」
「ああ、そうだな。‥‥買いませんか、今日の為だけの新しい靴。」
「‥‥そうね。ありがとう。」
新田先輩が腕を差し出す。
女性が捕まり、ニコッと笑った。
羨ましいと思った。
くそ、俺のスニーカーにヒールが着いていたら!
「笹原、そっち歩いて。」
女性を挟んだ新田先輩の反対側。
‥‥どうして?
「この人の足元が目立たないようにさ。」
片目をきゅっと細くして俺を促す。
ドキッとして言葉の出なくなった俺は、黙って女性の隣についた。
新田先輩と二人で女性を挟んで歩き出す。
「似合う靴が見つかるといいですね。」
「本当にありがとう。披露宴楽しんでくるね。」
程無くして着いた靴屋に、俺達に手を振りながら女性は入っていく。
新田先輩は手を振り返して女性を見送る。
そして振り返って、俺に腕を差し出した。
「笹原のスニーカーにヒールが着いていたらさ、俺に捕まって歩いてくれたりする?」
一瞬時間が止まる。
暖かい風が俺の頬にまとわりついて流れていく。
「な、なに言ってるんですか!」
慌てて顔を背ける。
頬が熱い。
「あっはっは。」
新田先輩は声をあげて笑い、来た道を戻っていく。
新田先輩を追いかけながら、俺は、速くなる鼓動が胸を締め付けるのを感じていた。
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