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第23話

「ち、ちょっ……いきなり、何して……っ……」 慌てふためきながらも未だ尚、すやすやと寝入っているハイリアの柔和な顔を見て思わず驚きの言葉を飲み込んでしまう。 「愛してる」と言われてしまうと、何だか悪い気はしないのは、何故なのだろうか。それどころか、何かに包まれているかのような何とも言えない安心感を抱いてしまう。 しかも、それが出会ってからずっと苦手だと思っていたハイリアから(無意識のうちとはいえ)放たれた言葉だったから尚更のことだ。 「ネムリア、眠くても――ハイリアにいと、スーリアがしてた今のやり取りを見てたから、分かる。こんな顔をしてるハイリアにい……見るの、ひさびさ。ハイリアにいの夜の呪いは、まだ完全に解けてないみたい、すごく心配____ネムリアと一緒。普段はこんなことないのに……」 「なあ、ネムリア……ハ――いや、一番上の兄にかけられてる呪いって……どんな呪いなんだ?この白いフワフワな毛に覆われて夜の間は人型じゃない姿になるだけっていうのが夜の呪いなのか?」 すると、ネムリアはどことなく不満な気持ちを言いたげに、ジトッとした目付きでこちらを見つめた後に首を左右に振って否定をあらわにする。 「そんなわけない。でも、夜の間はネムリアも父上から呪いにかけられるから、詳しいことは分からない。ミズリアにいが教えてくれたんだけどネムリアは夜の間――お布団の中で全身が石像にされて動けなくなる。お部屋の中で囚われの身になるから……すごく、さみしい。夜の間は、皆ひとりぼっち。ミズリアにいもお魚みたいになって【AQUA,RIUSの間】の池の中でしか動けなくなるから……ひとりぼっち。きっと、ハイリアにいも……どこかで、ひとりぼっち。どこに行っちゃうかネムリアには、分かりようがないけど」 まだ、目覚める様子のないハイリアにぴったりと身を寄せて、呪いが支配している夜の寂しさを誤魔化すかのようにベッドに潜り込んできたネムリアの頬に大粒の涙が止めどなく伝っていく。 見る見るうちにパリッと仕上がったシワひとつない完璧ともいえるシーツ上に、染みができてしまうが、そんなことなどお構い無しだ。 「ま、まさか……夜の呪いとやらにかけられてる間は、皆それぞれ意思を持ってて翌朝になってもずっと覚えているってことなのか!?」 「そう。だから、ミズリアにいは……お池の中からある魔法を使って夜毎ネムリアの惨めな姿を見ることができる。で、でも……両足の力を奪われて歩けないから結局――ひとりぼっち。ネムリアも体の力を奪われて自由がなくなるから結局――ひとりぼっち。ハイリアにいは……よく分からないけど、でも……きっと父上から何かを奪われてどこかしらの自由を失くすから結局は……ひとりぼっち。でも、ハイリアにいは強いんだ。朝になってもネムリア達に絶対に弱音吐いたりしない。朝になっても呪いの後遺症で眠気と怠さがとれないネムリアのことを邪魔にしたりしない」 今まで、割と平凡な生活を送ってきた俺には到底理解し難い苦悩の色がネムリアの様子から見てとれる。 少なくとも、変人教師である猫山から強引にここミラージュへと連れて来られる前は、「学校生活なんて退屈だ」だの「何か刺激的なことでも起きねえかな」などと下らない悩みを抱いていたくらいで今のネムリア達のように海のように深い悩みなど抱えてはいなかった。 (こいつら、俺と出会ったばかりの頃は――無理して明るく振る舞ってただけってことか……こんなにも小さな体で____) そう思った途端に、熱い思いが胸へと込み上げてくる。 その直後、布団の中に潜り込み、更に気だるげにこちらを見上げてくるネムリアの頭を無意識のうちにわしゃわしゃと撫でていたことに気付いた。 「変なの……本来なら、こうやられるのは――ネムリアの弟であるスーリアの方が相応しいはずなのに。でも、ちょっぴり嬉しい………っ____」 「何で、お前――いや、その……あなた達の父であるミラージュの王はこんな残酷な夜の呪いとやらをかけているんだ?血の繋がりがある大切な家族なんだろ?」 同じ布団の中にいるという状況にも関わらず、未だに目の前にいるネムリアが【自分の兄】だという事を完全には受け入れきれずに、気恥ずかしさを覚えながらも、さっきからずっと気にかかっていたことについて尋ねてみる。 すると____、 「…………」 「…………」 いつの間にか目を覚ましていたハイリアが俺に向かって、アニメによく出ていたメデューサの如く鋭い眼光を放っていたため互いに無言のまま暫くの間気まずい空気が漂ってしまうのだった。

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