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第1―1話
年末進行に追われるエメラルド編集部に能天気な声が響いた。
「よー、今日もエメ編は絶好調だなー」
井坂がいつものようにフラリとエメラルド編集部に顔を出したのだ。
「井坂さん、今日は何か…?」
高野が警戒心ありありの様子で訊く。
「今日飲み会やるから。
予定立てとけ」
ガックリと項垂れる高野を完全に無視して井坂はしれっとそう言うと、エメラルド編集部を見渡す。
「そうだな…七光りは今夜は免除してやるか」
井坂の言葉に小野寺がガタッと音を立てて立ち上がる。
「本当ですか!?」
小野寺は頬を紅潮させて嬉しそうだ。
「ああ、お前は仕事に励め。
木佐、今日の幹事はお前ね。
個室で俺が満足する旨い店予約しとけよー」
木佐は一瞬で青ざめてパソコンで検索を始める。
「それと、高野」
「はい」
「桐嶋も誘っとけ。
但し横澤は絶対連れて来るなと伝えとけよ」
「了解しました」
井坂は満足そうに高野の肩を叩くと、来た時と同じようにフラリとエメラルド編集部から去って行った。
「何の飲み会なんですかね?」
羽鳥が高野のデスクの横に立って小声で訊く。
「大方、朝比奈さんが九州に出張中で、寂しいかつまんねーかのどっちかだろ」
高野が投げやりに答える。
「でもどうして小野寺と横澤さんは参加させないんでしょう?」
「さあな。単に気まぐれじゃねーの?
それか朝比奈さんがいないせいで、欲求不満で下ネタでも思いっきりかましたいとか。
小野寺はそーゆーの苦手だし、横澤は常識人だから怒り出しそうだしな」
はははと力なく笑って高野は羽鳥が持ってきた書類に目を落とす。
高野も羽鳥も、もっと言えばエメラルド編集部員の全員の目の下にはクマがハッキリと刻まれている。
それ程、ハードスケジュールなのだ。
そんな中で、井坂の気まぐれの飲み会に参加しなければならない。
高野と羽鳥のため息が重なる。
だが高野以下エメラルド編集部員は疲労のせいで大切なことを忘れていた。
井坂は朝比奈と同じくらい金儲けが大好きだということを。
木佐が予約を入れたのは赤坂にある和洋折衷の歴史ある店。
井坂は個室に入るなりご機嫌だ。
「木佐、伊達に遊んで無かったな。
良い店だ。
よし!みんな好きなだけ飲み食いしろ!
支払いは全部俺が持ってやる!」
「はあ…」
対して高野・羽鳥・木佐・桐嶋の返事は冴えない。
そりゃそうだ。
超多忙な中、突然飲み会に強制参加させられて、これで割り勘なんてあり得ないだろう。
そんな中でも、美濃だけはいつもと変わらず謎めいた微笑みを浮かべている。
そして井坂の「乾杯~!」という一言で飲み会が始まる。
木佐はコース料理と飲み放題を予約しておいたが、井坂が奢ってくれるならと、みんなそれ以外の単品や良い酒も注文している。
そして全員が良い感じにリラックスして酒も回ってきた頃、井坂がタブレットを取り出した。
「おい、ちょっと集まれ」
井坂に言われて、伊坂の周りに全員が集まる。
タブレットには温泉の大浴場のような画像が次々と映し出される。
最初に声を上げたのは木佐だった。
「わー温泉!?
もしかして社員旅行の候補とか!?
場所どこ?」
井坂がニヤリと笑う。
「歌舞伎町からタクシーで5分」
ビシッ。
井坂以外のメンバーに嫌な予感が走った。
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