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第3話

 急にプールに行く気を無くして、航平は友だちに断りの電話を入れると、結局そのまま塾に行った。どうせ涼しくて時間をつぶせるところなんて、塾か図書館かファストフード店くらいだ。午前中の講習が終わると航平は、本通りのマックに行って昼食にすることにした。  少しでも涼しい道を行くかと平和公園へと足を向ける。鎮魂の祈りに包まれる広島の八月は観光客が最も多くなる時期だ。八月六日は終わってしまったが、昼下がりの平和公園には照りつける太陽の下でも大勢の人たちが訪れていた。  公園の中を流れる川沿いの道を木陰を選んで歩いていると、川淵に設けられたベンチに座るサラリーマン風の男の姿が目に止まった。 (あ、あの人……)  航平は朝の寺での悶着を思い出した。確かにそうだ。父親に詰め寄られていた男の人。今はさすがに黒いスーツの上着は脱いで、半袖シャツの襟元からはネクタイも取り除かれていた。 (寺に何しに来たんじゃろ?)  そう思って航平は自分の考えに苦笑いをした。寺にくる理由なんてひとつしかない。  男性は所在無げにベンチに座っていた。その頼りない背中を眺めていたらに航平はふと、彼に声をかけてみようと思い至った。きっと彼と話をしたら、半年前から両親が航平にひた隠しにしていることが分かる気がしたからだ。スニーカーで土を踏みしめて、ゆっくりとベンチに近寄ると、「あの」と航平は小さな声を出した。  物思いに耽っていた男性は一つ肩を揺らすと、ゆっくりと航平のほうへ顔を向けた。見知らぬ中学生に声をかけられた男性は少し訝しげに航平を見ている。その疲れた視線にちょっと気持ちが怯んだけれど、 「……えっと、実は今朝の寺で……、その、」  黙って航平の顔を見ていた男性の瞳が急に驚きで大きく開かれた。そして一言、 「もしかして、君は純也の?」 「……はい、純也は俺の兄ちゃんじゃ……」  そう言った航平の顔をしばらくじっと見つめていた男性は、ふっと緊張を解いて、 「そうか。どことなく、君の顔には純也の面影があるよ」 と、柔らかく笑った。

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