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第124話

 ――想うのは、あなたひとり。  なぜか美しい花束よりも鮮明に思い出されるのは、あの秋の満月の夜に咲いていた真っ白な一輪の花だ。八年前、白いリコリスの咲く夜空のしたで笹木と航平は密かに誓った。互いを愛し、そして決して離れないという誓いを。だから、あのときの清廉な白い花は特別な輝きを持って自分の心に焼き付いているのだろう。  航平がその手にグラスを持って戻ってきた。笹木は上体を起こして手渡されたグラスを受け取ると、冷たいミネラルウォーターを喉に流し込んだ。航平はまたベッドに入り込むと笹木の隣に座って、空になったグラスを笹木の手から引き取った。  航平が笹木の前髪をかき分けて額に優しくキスをする。そして至近距離で瞳を覗き込むと、 「実は智秋さんに受け取って欲しいものがあるんです」  笹木が小首を傾げていると、航平は笹木の左手を恭しく手に取ってその薬指に何かを嵌め込んだ。航平の手が離れて笹木は自分の左手を掲げると、薬指に嵌められたものがキラリと小さく光を放った。 「こ、れは……、指輪?」 「現地(アメリカ)で作ってもらったプラチナのペアリング。智秋さん、俺は次の仕事が終わったら今の会社を辞める。もう充分修行はさせてもらったし、実は以前から大学時代の先輩の建築事務所に誘われているんです。そこのほうがこれからやりたい事にも専念できるし、智秋さんと過ごす時間も増える」  航平の次の仕事はベトナムでの公共事業だと聞いた。期間は半年、来月の半ばにはまた航平は長く笹木の元から離れてしまう。 「兄ちゃんに智秋さんは寂しがり屋じゃけえ、お前が傍におれって言われたのに満足にその約束も守れとらん。だから、この指輪は俺の想いを形にした。……智秋さん。俺と一緒になってください」 (――これが……。彼の本当の覚悟なんだ……)

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