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第17話

『海音!待って!』 コウ先輩の声が聞こえた気がしたけど振り向かずにそのまま走り続けた。 もうそろそろ大丈夫かと足を止めた所でグイッと腕を掴まれ、振り返るとそこには息を切らしたコウ先輩の姿があった。 『待てってば!海音!』 『な…離しっ……』 『来いっ!』 気まずさと恥ずかしさでその手を振り払おうとすると、ものすごい力で引き摺られそのまま人気の無さそうなビルの脇に連れ込まる。 俺を壁に押し付けて顔の両側にドンッと手をついて逃げられないように腕の中に挟み込む。 か…壁ドンかよ…っ/// こんな時までカッコいいコウ先輩に恨めしい気持ちすら湧いてくる。 『…なんだよ。 あの娘とデートじゃなかったの? 前からコウ先輩のこと好きだって言ってた娘じゃん。』 沈黙が気持ち悪くて自分から口を開いた。 『そうなの? 俺そんなの知らないしデートする気もないよ?』 『嘘だ。』 『嘘じゃないよ。 それより海音こそなんでこんな時間までいたの? 俺を待っててくれたの?』 『だって…残業… 一人で大丈夫か心配だったし…さ…』 コウ先輩の顔をまともに見ることも出来ずにプイッと横を向いたままぶっきらぼうにそう答える。 コウ先輩の綺麗な顔が目の前に迫って自然と頬が熱くなる。 心臓の音がドキドキと(うるさ)く響いてコウ先輩に聞こえてしまいそうだ。 『この間はごめんね? 俺酔ってたし急だったからびっくりして…お前を傷つけるつもりじゃなかったんだ。』 すまなそうに俺の顔を覗き込んでコウ先輩が言葉を続ける。 …やっぱり優しいなぁ…… でもそんな気遣いも今は辛いだけだけど。 『…いいよ。 俺もなんか早とちりして…ごめん。 俺、入社式の日にコウ先輩が声掛けてくれてから…ずっとコウ先輩のこと好きだったから嬉しくて本気にしちゃってた…』 『えっ…そうなのっ!?』 どうせダメになるなら…と、どさくさ紛れに自分の気持ちを口にするとコウ先輩は驚いた様に声を上げてしばらく何か考え込む素振りを見せたけど、意を決したように顔を上げた。 『あ…の、俺さっ、さっきの女の子に誘われた時より、今の方がずっと嬉しいっ! 今日も一人で居残りしながら海音と一緒の時のことばっかり思い出してたんだよね。 ね、俺も海音のこと好きかもっ!』 え……? 思いもよらぬ言葉に一瞬耳を疑った。 『コウ先輩は可愛い女の子が好きなんだろ? …俺、男だよ?』 『うん、知ってるよ。』 『…俺、身体もデカイし目つき悪くて可愛げないし…』 『そんな事ない…可愛いよ。』 ……何だ? 一体何が起こってるんだろう? 改めてフラれる覚悟をしていた俺は、この前向きな展開に頭が全然付いていかない。 信じちゃダメだ また勘違いだったらどうするんだ これ以上傷付いたらもう立ち直れないぞ ああ…でも… でも……… 『ほんとに…ほんとにコウ先輩も俺の事好き…?』 『うん、たぶん!』 『はあぁ?』 こっちは真剣だってのに、とことん能天気なコウ先輩の返事にムッとして素っ頓狂な声を上げてしまう。 なんだよそれ… 俺は喜んでいいのか、がっがりするべきなのかどっちなんだよっ! 『たぶんって何だよ…意味わかんねー…』 『確かめたいから…今から海音にキスするね?』 『はっ!?  な、なんでそうなるんだよっ///』 突然の展開にジタバタ抵抗する俺を無視してちゅっと唇に触れるだけのキスが落とされる。 驚いて固まったまま動けないでいると、今度は少し屈んだコウ先輩の顔がゆっくりと近付いてくる。 そのままそっと目を閉じると柔らかな唇が優しく俺を包み込んだ。 『ふっ..あ、コウ先輩...』 重なり合うその部分が徐々に熱を帯びて思わず吐息交じりに声が漏れる。 初めてのキス 夢にまで見た大好きな大好きな人とのキス なんでこうなったのかなんてわかんないけど…今度は勘違いなんかじゃないんだ。 コウ先輩の気持ちはちゃんと俺に向けられているんだ。 込み上げる嬉しさに成す術もなく身を任せていると、クチュリと音を立ててコウ先輩の薄い舌が俺の中へと差し込まれる。 絡み合う舌が与える初めての快感に崩れ落ちそうになる身体をコウ先輩が優しく抱き締めてくれている。 『海音…好きだよ。 俺、海音が大好き!』 名残惜しげに離れた唇から俺がずっと欲しかった言葉が紡がれる。 優しい笑顔と共に…… 『…俺…も…///』 喉が(つか)えてそれ以上何も言えなくて… 涙が後から後から溢れてくるから、泣き顔を見られたくなくてそのままコウ先輩の胸に飛び込んだ。 『う…ヒッ、ク……』 込み上げる嗚咽を必死に(こら)える俺の背中をコウ先輩が優しく撫でてくれる。 時折耳元で"可愛い"って… 低くて甘い声がそうに囁いて俺の心を蕩かせる。 信じていいんだね もうただの先輩後輩なんかじゃない 今度こそ本当に本当に俺達…恋人同士になれたんだね 大好きな人の腕の中は、あったかくて優しくて…拭っても拭っても涙は止め処なく流れ落ちる。 不思議だね…涙って幸せな時でも出るんだね… 今まで知らなかった… 俺、知らなかったよ… 『もう泣くなよ海音。』 しばらくそうして泣いて泣いて。 ようやく息も整ってきた頃にコウ先輩が俺をからかうようにそう言った。 『…泣いてねーって。』 『ふふ…お前ほんと俺の前では可愛いのな。』 『………///』 恥ずかしさにまたそんな風に可愛く無い言い方をしてもコウ先輩は嬉しそうに笑って俺をぎゅっと抱き締めた。 『寒くなってきたからそろそろ帰るか?』 『もう…少し…』 『海音?』 『もう少しだけコウ先輩とこうしてたい。 だって…もし朝目が覚めてこれが夢だったら…俺…』 コウ先輩の温もりを身体中で感じながらも、どこかまだ信じられない俺がいて… 背中に回した手をぐっと引き寄せて縋るように抱き付いた。 お願い…夢なら覚めないで。 目が覚めたらひとりぼっちなんてオチは要らないんだからな。 『…夢じゃないよ。 俺、ちゃんと海音が好きだよ。』 『でも…』 『じゃあ今からうち来る? この間のリベンジ。 今日は俺んちに泊まってけばいいよ。』 『コウ先輩…?』 『もう海音は俺の恋人なんだろ? だったら遠慮なんてしなくていいじゃん。』 『あ…お、れ……』 『来るのか来ないのかどっちだ?』 一瞬返事を躊躇するとコウ先輩のダメ押しの一言が俺の背中を押す。 『行くっ…!』 そう言って顔を上げた俺に、コウ先輩は俺の大好きなキラキラの眩しい笑顔で笑ってくれた。

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