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第16話
週明けの月曜日。
俺は重い身体と気持ちを奮い立たせてベッドから起き上がると熱いシャワーを頭から浴びせてなんとか澱んだ意識を目覚めさせた。
『うわぁ…酷い顔…』
洗面所の鏡に映った自分の顔を見て溜息を吐 く。
結局週末は家から一歩も出ず、飲まず食わずでずっとベッドで泣いていただけだった。
泣き腫らしてまだ赤味を帯びた目を氷で冷やすと、のろのろとスーツに着替え始めた。
気持ちは沈んだままなのに平日のルーティーンで身体は勝手に動いて出勤の準備をしてしまう。
さすがにご飯は喉を通らないけど。
…会社、行きたくないなぁ……
ネクタイを結びながらもう一度深い溜息を吐くと、部屋の端にオレが放り投げた時のままうつ伏せで転がっているねねたんの姿が目に入った。
慌てて駆け寄るとその身体を起こしてぎゅっと抱き締める。
『痛かった…?
ごめんね……』
ねねたんは何も悪くないのに八つ当たりなんかして最低だな、ほんと。
『ねねたん…俺仕事行きたくない。
コウ先輩に会うのが怖いもん…』
あんな事をしでかして、どんな顔で会えばいいんだろう?
目を逸らされたり、気持ち悪がられたりしたらきっともう俺は立ち直れない。
『…でも俺が休んだらきっとコウ先輩は気にするよね…』
コウ先輩は優しいから。
こんな事になっても俺を傷付けたと自分を責めるだろう。
『…やっぱり行くよ。
帰ったら俺を慰めてね、ねねたん…』
今日休んだってどうせいつかは行かなくちゃならないんだ。
俺はねねたんをそっとベッドの上に戻すと意を決して会社へと向かった。
気まずさと緊張でドキドキしながら出社すると、部署の入り口でいきなりコウ先輩と顔を合わせてしまった。
『あ..///
お、おっはよ~っ!』
咄嗟に目線を逸らすと頭の上でコウ先輩の明るい声が聞こえてグッと拳を握り締めた。
『おはよ…』
ちゃんと返事しなきゃと思っても急過ぎてまだ心の準備も全然出来てなくて…。
言葉を発したら涙が溢れてしまいそうで、小さくそれだけを口にすると急いでコウ先輩から遠去かる。
いつも通りに振る舞うコウ先輩の優しが嬉しくて…でもそれ以上に辛くて胸が張り裂けそうに痛かった。
昨日の事を無かったことにしたいと自分もそう思っていたくせに……
コウ先輩が無かった事にしようとしてくれている事がすごくすごく辛かったんだ。
勘違いで告白した事は後悔してる…でも。
俺のコウ先輩への想いを無かった事にはされたくなくて矛盾した気持ちがまた俺の心を苦しめる。
せっかく普通に接してくれたコウ先輩の優しさを踏みにじるような事をしてしまった。
だけど…
やっぱり無理だよ。
俺にはそれに応える心の余裕も…そして勇気すらカケラも残っていなかったんだ。
コウ先輩…今、どんな顔で俺を見ているのかなぁ…?
コウ先輩の気持ちを知りたいと思いつつも、俺はそれすら怖くて振り返る事も出来ずにそのまま彼の視界から姿を消した。
*
『白井幸之助〜っ!』
終業時間が近付いた頃、金森課長の怒号が飛ぶ。
コウ先輩は今日もミスをしたらしく居残り決定みたいだ。
いつもなら2人で残る口実が出来て喜ぶところだけど…
今日はそんな事が出来る訳もなくただ気が重く沈むだけだった。
同じ部署とはいえ広いフロアの中俺の席はコウ先輩とはかなり離れているから、どちらかが近付かなければ特に接触する事も無く1日が過ぎてしまう。
終業時間が来てもまだ机で書類とにらめっこをしているコウ先輩を横目に、顔を合わせないように急いでその場を後にした。
ビルのエントランスまで降りて来ると、ピタリと足を止める。
…コウ先輩、1人で大丈夫かな……?
ちゃんと書類直せるのかな?
今日は何時になるんだろ?
嫌われたかもしれないのに
もう仲良く出来ないかもしれないのに
俺の頭の中はやっぱりコウ先輩でいっぱいで…他には何も考えられない。
『海音、いつもありがとうな!』
『お礼に飯奢ってやるから』
眩しい笑顔を見ているだけで幸せだった
『可愛いなぁ海音は…』
低くて甘い声が俺を可愛いと言う度に胸が震えた
好きだ好きだ好きだ…
コウ先輩が好き
どうしたってこの気持ちは消せる訳無いんだよ…!
……ちゃんとコウ先輩と話そう。
前と同じには戻れなくても…でもちゃんと自分の気持ちを伝えて、後輩でも友達でもいいからせめて普通に話せるようになりたい。
まだ近くでコウ先輩を見る事を許して欲しい。
そう決めたらなんだか少し心が軽くなった気がして…
俺は長期戦を覚悟でエントランス前でコウ先輩を待とうと、自販機に熱い缶コーヒーを買いに向かった。
そうして時計がもう10時を回る頃…
夜も更ければ流石に気温も下がり、冷たい秋の風にブルリと身を震わせてジャケットの襟をそっと合わせる。
やっぱり手伝えば良かったな…
俺がいなきゃ今日中に片付かないかもしれないし…さ…
こんな事になってもまだコウ先輩に必要とされたいと思っている自分に苦笑いする。
諦めが悪いんだ、俺って奴は。
もう少し待つか、それとも思い切ってコウ先輩の元へ行こうか迷っていると、エントランス奥のエレベーターの扉が開いて中から見慣れた長身のシルエットが見えた。
『コウ先輩…あっ…!』
…走り出そうとした俺は目の前の光景に思わず足を止めた。
コウ先輩の横には同じ部署の女が寄り添っていて、仲良さげに腕を組みながらこっちへ向かってくるのが見えたからだ。
ああ…そっか…
やっぱりそうなんだ…
その瞬間諦めにも似た絶望感が俺を覆い尽くした。
昨日の今日でもうそんな事になってるなんて…男の俺に好きって言われたのが本当に嫌だったんだなあ……
あの女、前からコウ先輩の事狙ってるって噂だったし手っ取り早く彼女にして俺を諦めさせようとでも思ったんだろう。
まだ元どおりの関係になれるかもなんて期待していた自分に反吐が出そうになった。
馬鹿だなあ…俺って本当に正真正銘の馬鹿だ。
茫然と二人の姿を見ているとこっちを見たコウ先輩と目が合ってしまった。
『海音…っ!?』
驚いたように声を上げたコウ先輩の姿に俺はギュッと唇を噛んでクルリと向きを変えると急いでその場から駆け出した。
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