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第15話
タクシーを降りて。
足元が覚束 ないコウ先輩を抱えて部屋まで運ぶ。
何度か送った事はあるけど家に入るのは初めてだから余計に緊張が増して俺の足も縺 れそうになっている。
『コウ先輩…大丈夫?
階段あと少しだからしっかりして。』
『んー…海音 ごめんっ!
俺飲み過ぎっ…うーっ気持ち悪っ;』
今にも吐きそうな様相で玄関の鍵を開けると靴を脱ぐのももどかしい様にリビングのソファーにどっと倒れ込むコウ先輩。
初めて見る好きな人の部屋を不謹慎と思いつつジロジロと見回す。
1LDKの部屋のリビングはシンプルに白と黒で纏 められていて、思ったより綺麗に片付いてる。
注意深く観察しても 女の物や気配は無くホッと胸を撫で下ろす。
『ふぅぅ…身体熱い…吐きそ…』
『だ、大丈夫かよ?
なんか冷たいもんあるかな…』
人様の冷蔵庫を開けるのはちょっと抵抗あるけど、とりあえず緊急事態という事で開けさせて貰うと中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
『はいコウ先輩…水飲んで。』
グッタリとソファーに突っ伏しているコウ先輩の口元にペットボトルを持って行くと、ゴクゴクと飲み干してやっと少し落ち着いたようだった。
『ぷはーっ…ありがと海音 …
ちょっと治まってきたよぉ…』
『まだ無理しない方がいいよ。』
『迷惑かけてほんとごめんねっ!
なんかいい気分で飲めてこんなに酔っちゃってさ…。
カッコ悪いとこ見せちゃったな…。』
恥ずかしそうに苦笑いしながら自分の頭をワシャワシャと搔き上げるコウ先輩。
少し飲み溢 したペットボトルの水が下唇から顎を濡らしていて…
それが凄くエロチックでゾクゾクする。
『…いいよ。
俺もすげぇ嬉しかったし…。』
今日は素直になるって決めたから勇気を出してそう言うと、ソファーの下に膝を付いてコウ先輩の胸に顔を埋めて背中を思い切り抱き締めた。
柔軟剤かなぁ…?
お酒の匂いと一緒にシャツの胸元からふわりとフローラル系の香りが鼻を擽 る。
『…今日は泊まってもいい?
コウ先輩…///』
ありったけの勇気を振り絞ってその言葉を口にしたのに…
『い…いいけどっ///
な…なんで?
なんか変だよ海音 …どしたの?』
コウ先輩は何故か身体を強張らせあたふたと焦った口調で答えながら逃げる様にソファーの背もたれに背中を預けた。
え…
ど、どうして…?
さっきまであんなに…
『え…だってコウ先輩…
俺のこと彼女にしたいって…愛してるって…』
嫌な汗がヒヤリと背中を流れて…
恐る恐るそう聞いた。
ドクンドクン…
心臓が重苦しい音を響かせる。
…この先は聞きたくない
聞いちゃいけない
本能が俺にそう囁く
『あれ、本気だったのっ!?』
驚いた様に目を見開いて声を上げたコウ先輩。
『…冗談…だったの?』
信じたくも無い言葉を確かめる様に呟いた。
その言葉に反応の無いコウ先輩を見たら途端に恥ずかしさが込み上げて自分の顔がカアっと赤くなるのが分かった。
冗談…だったんだ。
足元が崩れ落ちるように目の前が真っ暗になった。
好きも愛してるも
肩に回された優しい腕も
コウ先輩にとっては全部冗談だったんだ…
酒の上だけの…その場限りの言葉
それを俺は馬鹿みたいに真に受けて1人で舞い上がって…
こんな風に気持ち曝 け出してまるでピエロじゃんか
呆然と口を開けたまま俺を見ているコウ先輩の顔を見たくなくて視線を逸らすように下を向いた。
みるみる涙腺が緩んで涙が溢れ出してくる。
ナクナ
イマナイチャダメダ
ナイタラコウセンパイガワルモノニナッチャウダロ…?
そう自分に言い聞かせて必死に泣くのを堪 えた。
…帰らなきゃ
コウ先輩の前で涙が溢 れ落ちる前に
泣き顔を見せる前にここから離れなきゃ…
気まずい沈黙を破って、黙ったまま固まってるコウ先輩に張り付いた喉をこじ開けて言葉を吐き出す。
『ごめんコウ先輩…俺の勘違い…。
嫌な思いさせてごめん…』
『えっと…あの…
か、海音…?』
『今の、忘れて…ごめん!』
やっとの思いでそう言うと、脱ぎ捨ててあった上着を掴んで俺は部屋を飛び出した。
無我夢中で走って…
どうやって家まで戻ったのかは覚えてない。
ベッドの上のねねたんに倒れ込んてそのまま泣き続けた。
ほんと俺って馬鹿だ…
普段のコウ先輩の態度からしてちょっと考えればあれが酒の上の冗談だって事くらい分かるだろって話だよなぁ…
でも…嬉しかったんだ
俺はコウ先輩が好きで好きで…
だからもしかしたらって期待ばかりが膨らんで…愛してるって言葉をそのまま信じてしまった
いや、信じたかったんだよ
『コウ先輩…思いっきり引いてたな…』
驚いた様に俺から身体を離したコウ先輩の姿を思い出す。
学生時代俺の告白を断った先輩の冷たい顔とダブって胸が痛い。
どうしよう…?
きっと痛い奴だと思われた
きっと気持ち悪いって思ってる
どうしよう
どうしよう
一緒に居られるだけで幸せだったのに
それすらも出来なくなってしまう
もう先輩後輩でも居られないかもしれない
『ねねたん…俺、どうしたらいいんだろ…?』
こんな事になっちゃって…コウ先輩を好きでいる事も許されなくなるのかなぁ…?
嫌だ嫌だ嫌だ…
そんなの絶対に嫌だっ…
だけどどんなに後悔したってもう元には戻れない
胸が張り裂けそうに痛くて…俺は捨てられた子犬みたいにただ泣く事しか出来ない。
『なあっ…何とか言えよっ!』
どんなに問い掛けても答えてくれないねねたんを力任せにベッドから放り投げた。
クルシイクルシイクルシイ…
涙はいつまで経っても止まってくれない。
泣いたってこの事態がどうなる訳でもないのに…
でももう自分でもどうしていいのかわからなかった。
…明日なんて永遠に来なければいいのに…。
いっそこのまま泡の様に消えてしまいたいと…そう願いながら俺はいつまでもいつまでも声を上げて泣いた。
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