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第29話 パフューム 1-4

「詩織ならそんなひどいことしないよ」  そしてどこから――自分なら問題ない、というそんな自信が出てくるんだろうかと、正直冷めた目で彼女を見下ろしてしまった。  しかも先ほどからなに気なく発される一言、一言が、かなりカチンとくる。 「申し訳ないけど、先輩のことそんな風に言う人は、人として好きになれない」  いくら俺がお人好しだからと言っても、大事な人のことを悪く言われて、黙って愛想笑いなんて出来ない。周りからどんな風に映ろうとも、広海先輩は俺にとってかけがえのない大切な人なんだ。あんな人はこの先、二度と手に入れられないと思っている。だから絶対に別れる気はない。  きつく睨み返すと、うろたえたように相手は視線を泳がせた。 「悪いけど、もう帰るね」  急に黙ってしまったその子を置いて、俺はその場をあとにした。あのまま話し合っても堂々巡りで、時間を取られるばかりだと思った。今日は早番でせっかく早く家に帰ることが出来るのだから、こんなところで時間を取られ先輩との時間が短くなるのはごめんだ。  足早に休憩室を出て俺は家路を急いだ。 「おっせぇよ」 「へ?」  家路を急ぐ――はずだったが、従業員出入り口を抜け、職場であるレストランが入ったホテル前に出たところで、いきなり聞き慣れた声が聞こえた。一瞬それは幻聴かと耳を疑いたくなったがそうではなく、道路を挟んでの向かい側にあるガードレール傍に、いますぐ会いたいと思っていた人が――本当にいた。

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