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第88話

並んだことも気づかずに思いに更けてたのかと、慌ててクロを探した。 ...いた。 並んでる人達の隅の方、背が高いほうだと思ったけど皆でかいのだろうか、普通にその列に違和感はなかった。 「松、居たよ、ほら、端!」 夏樹が、声をかける前から見付けていたか、オレはその姿を黙って見るしかなかった。 先発では無いのか、ユニホーム姿のクロ。 髪もちょっと短くなった様で、半年も過ぎれば幼さも大分落ち着いていた。 「松、見とれてないで、手を振りなよ!」 気付いてもらえないと、ギャンギャン騒ぐ夏樹だったけど、オレは立ち上がる事も、手を振ることも出来なかった。 気づかれないのが怖い。 そんな思いもあったし、それに気付いてもらって...触れたくなって...抱いて欲しくなって...そんな欲に支配されるくらいなら、黙って見ていたら良いと思う。 「ほら、みんな戻ったし、落ち着けって」 色々な独占欲が生まれてホントに困る。 オレは最初クロが見れるだけで満足だったんだよ。 それが見た途端、気づいて欲しいと欲が生まれた。 きっと、気付いたと知ればまた次の欲は生まれる。 その欲に従うのが心地いいのに、相手の都合をかえりみない欲は、ドンドン湧き出して制御出来ずに翻弄される。 それは嫌だとオレなりに思いを固めたはずだったのに、あっと言う間にその思いは打ち砕かれた。 クロ...気付いて... 心でそんな事を繰り返すオレは随分と滑稽だな。 思いなんて、本当に面白いくらいに暴走する。 自分で想像していた人物が、ちょっ違う事したり言ったりしたら、反感を買い、攻撃される時代に、クロは息苦しくないのか。 「オレなら無理だな」 「あ、松が自己完結した!何が無理なのよ!」 横で、夏樹がぎゃいぎゃい騒いでるから、頭撫でといた。 「夏樹、サンキュ...オレは欲望に忠実になり切れないだけだから気にすんな」 そ答えたら、あろう事か「松はツンデレだしね」と、また前の話題を引っ張り出された。 勘弁して欲しい...そんなつもりねぇし。 そして試合が始まった。 先発な訳ではなく、ずっとベンチでサポートみたいな動きしてたのが監督に呼ばれて、投球練習に入ったピッチャーの球を受けている。 パーンと、綺麗な音がなりオレも懐かしさが蘇る。 クロの受けた時のミットの音は、何時も綺麗に音を出していた。 それは健在ってことか。

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