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第36話
1月もして、ようやく動けるようになって来た俺は、やっとバーへ足を向けることが出来た。
「兄さん!久しぶりじゃないっすか!全然連絡取れないからどうしたのかと思ってた!」
後輩には、ひどい風邪を引いていたと言って濁した。
とはいえ、もとはと言えばこいつのせいだったのは間違いない。
何をされたかまでは言わなかったものの、取材をバックれた詫び入れを名目に、後輩に2週間分の酒代を奢らせることになった。
その最終日のことだった。
兄さんパン特集は、その日発売された雑誌に、何事もなかったように掲載されていた。
「うっわ、すげぇ、兄さんマジで雑誌載ってんじゃん!ウケる、フツーにインタビュー受けてるし!」
バーで雑誌を開いた後輩は、手を叩いて笑っていた。
確認した写真の通り、顔は写ってない、インタビューもきちんと掲載されている。
当たり前とはいえ、その日の夜本当に何もなかったかのような普通の雑誌記事に仕上がっていた。
「アプリにもさー、すげーいいね来てんすよ、コメントも。見る?」
寄越されたスマホの画面には、いいねの隣に1万の文字が見える。おっさんの作ったパンがこれほど支持を得るとは、恐ろしい世の中になったものだ。
コメントの数も500近く寄せられていて、中には俺宛のファンレターみたいなものもあるらしい。
「もーね、見るのも多すぎてやんなるから!通知オフにしたんだー」
椅子の背もたれに体を預けて背をそらした後輩は、その瞬間、あっ!とでかい声で言った。
「ねぇねぇ兄さん、ちょお見て、一件英語でコメント来てて読めなくてさーあ」
「はぁ?」
「兄さん英語出来るじゃん、ちょっと読んでよ!」
「なんで俺が……」
「ついに海外進出かも知んないじゃん!見るだけいいでしょ、ねー?」
海外進出なんかしたくもない。
とはいえ後輩のしつこいおねだりは止まらず、読むだけ読んでやることにした。
「はいこれ、ほら」
目前に出されたスマホを奪い取り、コメントに目を通す。
「……ん?」
見たことのある名前。
見覚えのある、マッチョでスキンヘッドの写真のアイコン。
まさか。
“I want to employ the man with the tattoo. I am just looking for a good chef.”
書かれていた一文を呟いてみて、思わず笑ってしまった。
「え、何、なんかそんな面白いこと書いてた? 」
後輩の声も聞かずに爆笑する。
まさかじゃなかった。マジかよ。
こんなところでまた会っちゃうとは。
懐かしい新たな出会いに、俺はとにかく笑うしかなかった。
終
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