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第35話

処理が早かったかおかげて、あれからなんとか事なきを得た。 色気もなにもあったもんじゃなかったけど、俺があまりにもトイレに篭ってるもんだから 「大丈夫か?」 「救急車呼ぼうか?」 と昼間のどこか気弱な感じで彼が何度かドアをノックして来た。 「うっせぇバカ!近寄んな!」 犬や猫みたいに強烈に威嚇して、トイレを出た後も彼を寄せ付けずに朝を迎えた。 「いや、本当に悪かった、ホントごめん!」 彼は何度も何度も謝ってきた。 「今度は絶対襲わないから、普通に酒飲もう、な?」 ホテルを出る頃には、憑き物が取れたみたいに人良さそうな爽やかな笑顔で言われたけど、あんなことされて「飲みます」なんて言えるやついるわけがなかった。 「今度連絡してきたら、職場に連絡した上で出るとこ出るから」 もらった名刺をちらつかせると、肩をすくめて足早にビジネス街へ消えていった。 本当だったら警察にでも行って訴えればいいんだろうけど、大ごとにしたくないし、俺にも落ち度があったからやめた。 それに、男が男に襲われましたなんて言ったところで、簡単に信じてはもらえないだろう。 実質泣き寝入りなのかもしれないけど、本当に連絡が来たら、不倫してるってことも含めて、然るべきところに出て洗いざらいぶちまけてやろうと思っている。 しばらくの間、俺は人と接するのを避けて過ごした。 街ですれ違い様に肩がぶつかっただけで、過剰に驚いて足がすくんでその場で動けなくなったからだ。 意外とトラウマになったんだな。 まるで他人事のように思いながら。

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