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第32話
「落ち着いたか?」
呼吸が整ったのを見計らって、彼が声をかけてくる。
体育座りした状態で、無理やり目をこすって頷く。
「ごめん、急に」
まだ体が震えてる。
「いや、構わないが、大丈夫か?」
彼はとことん冷静に、俺と向き合ってくる。その態度を見ていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「やはり本調子じゃないんじゃないか? 来たばかりだし、疲れているんだろう」
ほんの少し笑った。俺には触れてこない。急に過呼吸気味になったり体が強張ったりしたら、そりゃ触りたくもないか。
なんだか彼が遠くなった気がして、とても恐ろしい。大きく息を吐いて、自分の体を抱きしめた。
「疲れじゃ、ないんだ」
声を振り絞る。
彼にはきちんと話さなくてはいけないと思った。
唇が震える。
彼は何も言わず、冷静に、どこか不思議そうに俺を見つめていた。
その顔すら、まともに見られない。
「俺、あの」
最悪だ。
「俺、最近、ちょっと前に」
自分を好きだと言ってくれてる奴に、こんなこと、言わなきゃなんないなんて。
「レイプされたんだ」
口に出すと余計に惨めで、体育座りをしたまま顔を伏せた。
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