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第56話
「おい、風邪引くぜ」
「…………ん」
スッと目を開ける。思ったより寝覚めもスッキリしている。それとなくパーカーをかけられていた。素肌にそのまま袖を通す。
空はすっかり夕焼けの紅で、西側を見ると遠くに夜闇を連れて来ていた。
「ごめ、寝てた」
目をこすりながら伸びをする。その手を取られて、手首にキスされる。
体が震えることは少なくなって来たけど、まだやっぱり抵抗がある。
(……あれ)
でも、今は違った。
手首をさすっていると、俺の様子をさておいて、彼は「寝起きで悪いが」と言った。
「ちょっと見て欲しいものがあるんだ」
「何……?」
違和感に気を取られて、言われたことが頭に入らないまま首をかしげる。
「立てるか?」
人差し指を動かして、立つように指示する。よくわからないまま立ち上がると、そのままお姫様抱っこ状態に抱き抱えられた。
「うわっ!」
さすがに目が覚めた。いとも簡単に抱き上げられる。落ちないように首に抱きつくしかなくて、縋るようにしがみ付いた。
「そんなにしがみ付かなくたって大丈夫さ、何があっても絶対落とさないから安心してくれ」
抱き上げて、どうにかすることを前提で話す。
「いや、そうじゃなくて何なんだよ急に、下ろせって!」
そもそもなんで抱き上げられてんだよ。理由もわからないのに、彼は俺を抱えたまま歩き出す。
この体勢めっちゃ怖い。落ちそうでホント怖い。彼はそのまま、入り口と反対側にある裏口みたいな方に向かっていく。
「少し目を閉じていてくれ」
この状態で目を閉じろとは、怖さ倍増なのわかってんのかこいつ。
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