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Ⅰ【荒城の月】 第1話

轟音が、微睡(まどろ)みかけた夜陰に舞った。 愛機《荒城(コウジョウ)弐式(ニシキ)》に、紅い機影が近づいてくる。 ツッ 無線が入った。 『統帥、お疲れ様です』 (ゼロ)番隊隊長 テンカワ アキヒトだ。 「新型機の首尾はどうだ?」 『スピード、パワー共に試作機を上回っています。正直、こいつと渡り合えるヤツはいませんね』 そうだろう。 Ω解放軍 技術部の(すい)を結集し、開発した純日本産の新型機だ。 今はまだ量産は難しいが、いずれ主戦力となる。 (αのタンホイザーなど足元にすら及ばない) 機動力 火力 すべてに於いて凌駕(りょうが)する、次世代最強のジェネラル ()の名は……… 《(ウラミ)》 『しかし、よいのでしょうか?』 「何がだ?」 『最新鋭のジェネラルです。本来でしたら、統帥が機乗するのが相応しいかと』 「違うぞ、アキヒト」 フッと口角を上げた。 『統帥だからこそ、俺は《荒城弐式》に乗る』 無線の向こうで、なぜ?と息を飲むのが見てとれた。 『隊を統率し指令を出す俺には《荒城弐式》がちょうどいい。 (むし)ろ、アキヒト。最前線で敵を斬る役目はお前だ。《憾》は、お前に向いている』 パイロットとしての技量も申し分ない。 《憾》で思う存分、敵を攪乱(かくらん)しろ。 『はい!』 パイロットの資質を褒められて、嬉しかったのだろう。上気した声が返ってきた。 実際、嘘ではない。 アキヒトの操縦技術は買っている。 Ω解放軍の中でもトップクラス。五本の指に入るといっても、過言ではない。 だが。 彼は、No.1ではない。 もちろん、俺がNo.1でもない。 彼よりセンスのいいパイロットが、軍にいるのは事実だ。 けれども俺は《憾》のパイロットに、アキヒトを指名した。 アキヒトには、ほかの奴らには無いものを持っている。 それはパイロットの技量を遥かに超える。 戦場で生死を分かつのは、操縦技術ではない。 精神だ。 生きる事を諦めない、貪欲(どんよく)な『生』への執着心こそ、戦士を生かす。 アキヒトは、それを持っている。 あくなき『生』への執着 その根底に流れるのが、アキヒトの場合…… (恨みだ) 新型ジェネラルの名と同じとは、因縁だな。 『アキヒト、外で話さないか』 無線のボタンを弾き、ブースを解放した。 夜風……… と、呼ぶにはまだ早い。 茜の残光を(はら)んだ風が、琵琶湖の湖面に波を描いて、空に駆けた。 藍に染まる月が浮かんでいる。

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