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Ⅰ【荒城の月】 第5話
「……素顔は見せてくれないんですね」
ブワン、と風が鳴いた。
夜陰の落ちる空を紅い機影が裂き、湖面に白波が立つ。
ブースが開いて《憾 》から降り立ったのは、アキヒトだ。
初夏だというのに、風は身を切るように冷たい。
白々と浮かぶ月のせいなのか。
凍てつく眼差しで、半分欠けた月が湖岸を見下ろしている。
「不満か?」
機影の影を月光が射した。
「不満です。俺は、あなたの素顔が見たい。あなたからの誘いだったから、ちょっと期待していたのにな」
背中から抱きしめられて。
頬に手を添えられて、振り向かされて……
口づけした。
(アキ……ヒト……)
仮面越しの、味も体温も感触もないキス
(なんで……だ?)
なぜ、俺はアキヒトに抱きしめられている?
彼の気に障る事でもしたか?
いや、仮面の件を除けば、特にこれといって心当たりがない。
(じゃあ、フェロモン)
しかし抑制剤を飲んでいる。
Ωが無意識のうちに発生させるフェロモンは、αとβを引き寄せて、発情させる。
種を残すための本能なのだが、常にサカられいたのでは、こちらの身がもたない。
薬でフェロモンは抑えている筈だ。
(アキ、ヒトっ……)
アキヒトがこんな事をするのは初めてだ。
なんで?
銀の冷たい唇に口づけて、アキヒトは俺を抱きしめている。
お互い、戦闘に耐えうるパイロットスーツを着ているから、温もりは感じない。
けれど。
ぎゅっと抱きしめて離さない力強い腕に、確かな熱がこもっているのを不思議と感じている。
胸が熱い。
鼓動が速い。
あふれる血流が、心臓を食い破ってしまいそうだ。
(俺、どうしたら……)
アキヒトの肩に手を置いて、離せと促すが。
髪を梳 いた手に、頭を撫でられてしまう。
仮面越しに見上げた彼の顔
睫毛の下で、薄く目が開いた。
ハァハァハァ
ようやく唇が離れて、乱れた呼吸を紡ぐ。唇を直接重ねた訳でもないのに。
「………アキヒト」
なぜだ?
……言いかけた声は、飲み込まざるを得なかった。
白い月よりも
嘘のない
真摯な眼差しが眼差しが、俺を見つめているから。
統帥………………
沈黙の後、少し濡れた唇をそっと開いた。
「『番 』になりましょう」
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