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Ⅲ【トリスタン】 第2話
アキヒトを褒めねばなるまい。
騎士の算段通りに事は進んでいる。
「聞け、Ω解放軍。これよりαとの交渉を再開する。憂慮には及ばない。
俺は投降しない。
無論、Ω解放軍の降伏もない」
これは、我らの自由を勝ち取るための交渉である。
「しかしながら、我が言葉を信じられぬなら……迷う事はない」
背 から、左胸を
「俺の心臓を撃て!」
ウオォォォオオー!!
配下の機影が沸き立った。
ジェネラルから、一人
また一人
ブースを開放し、起立したΩ解放軍の兵士が空を見上げた。
月の夜に鎮座する機影
紅い……《憾 》
「我が軍総員が敬礼しています」
「見られないのが残念だ」
フッと口角を吊り上げた。
仮面のない顔を見せる事はできない。
Ω解放軍に、俺は背中を向けている。
「では……」
耳元で囁いた熱い吐息が離れた。
「俺の姿だけを焼きつけてください」
月影 が湖水に落ちた。
紅い蔭にシルエットが蒼く伸びる。
右手を鋭角に折り曲げて、耳横にかざした……
「Ω解放軍 零番隊隊長 テンカワ アキヒト。我が主・ヒダカ ナツキ統帥に絶対遵守の忠誠を」
月夜に浮かんだ、美しいアキヒトの敬礼だった。
裏切るな
お前だけは
裏切らない
お前の心を
敬礼を返す。
ポケットの小型無線を再び取り出す。
「Ω解放軍は待機せよ。交渉終了まで停戦を継続する」
そうして……
視線を見返した。
月夜に立つ、もう一つの白い機影
《ローエングリン》
機乗するα-大日本防衛軍パイロット シキ………
「ユキト」
α敗戦確実なこの戦闘になぜ、介入した?
戦闘を仕組んだ指揮官でもないお前が、なぜ……
(俺を迎え入れるため?)
それだけじゃないだろう。
狙いはなんだ?
聞かねばなるまい。
お前の目的を
「ジェネラルを上昇させろ。邪魔のない交渉の席を設けたい」
「分かった」
自動操縦のまま《ローエングリン》が上昇を開始する。
「アキヒト、お前も同行しろ」
「はい」
《憾》も上昇を開始した。
月が近い。
琵琶湖を眼下に見下ろす、空を……
交渉の戦場に選ぶ。
「単刀直入に言う」
口火を切ったのはユキトだった。
「ここに《トリスタン》が落ちる」
なにをッ
「お前たちは、なにを考えているんだァッ!!」
『悲しみ』を意味する言葉《トリスタン》
その正体は…………
無差別殺戮兵器
《トリスタン》が落ちれば最期
太陽の表層爆発であるプロミネンスと同等の威力を持つ《トリスタン》は、爆発中心部で10000℃を超える熱を放出する。
国際条約で固く禁じられた兵器だ。
使えば日本が、世界から批難を受ける。
否。
そんな事ではない。
問題は……
(日本が死ぬぞ)
琵琶湖の水は干上がり、滋賀県全域が焦土と化す。土壌の微生物を破壊し、生物が百年住む事はできない不毛の大地に変える。
《トリスタン》が落ちた地には、ありとあらゆる生命体を死滅させる無限地獄が続くのだ。
「やめろ!お前はαだろッ。この戦闘に介入したんだ。止める義務がある筈だ!」
「軍の決定だ。止められない。それに俺は、この作戦を直接指示する指揮官でもない」
「そんな事を言ってる場合かッ!」
「一つだけ……」
漆黒の双瞳が、流れた風を射貫いた。
「《トリスタン》を回避する手立てがある」
それは………
「《トリスタン》はΩ解放軍を壊滅させるために落とす」
俺は、小さく唇を上げていた。
相変わらず、察しのいい頭脳だ。
自分に皮肉を込めて……
「Ω解放軍がなくなれば《トリスタン》を落とす理由もない」
そういう事だろ?
「だから、お前は俺に投降を勧告した」
答えないユキトが、答えだ。
「ナツキ……一緒に来てほしい。
命の保障はする。危険な目には遭わせない」
固い吐息を夜気に重ねて、伸ばした右手……
「行く必要はありません」
俺の手を掴んだ、冷えたもう一つの手
「俺たちを足止めするため、Ω型βを捨て駒にする作戦を講じるαです。
行けば、あなたは何をされるか分かりません」
「アキヒト……」
「信用しないでください。信用に足る価値さえない。それがαです」
「しかしっ」
俺が行かなければ……
上手くΩ解放軍を逃がせたとしても
(日本から、滋賀県が消えてしまう)
「統帥ッ!」
月が機影に翻った。
夜陰に谺 した、発砲音
なぜ、ユキトが………
………………俺を撃つんだ?
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