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Ⅲ【トリスタン】 第4話

体温が、体躯を抱きしめた。 「…………アキヒト」 「そうです!俺ですッ、アキヒトです。分かりますか!統帥ッ」 なぜ、お前は……… (そんなに青ざめてるんだ?) 俺を膝の上に置き、横にして(いだ)くアキヒトの頬に数滴、赤いものが見えた。 (あぁ、俺の血だ……) 返り血を浴びて……………………そうか。 俺は、撃たれたんだ。 右腕が動かない。 左手で確めると、ベットリ血痕が掌にまとわりついた。 撃たれたのは、右肩だ。 「弾は抜けている。安心しろ」 「なにを言ってるんですかっ。こんな時に、あなたはっ!」 アキヒトの不安をぬぐうつもりで言ったのに、叱られてしまった。 「………もう」 カチリ 撃鉄の動く音が聞こえた。 「あなたの命令は聞けません!」 「やめろッ」 ガキュゥゥンッ 銃声が轟いた。 「なぜだッ!どうして(かば)うんですかッ。あいつは、あなたを撃ったんですよ」 ユキトは無事だ。 とっさに俺がアキヒトの右手を押さえたせいで、銃弾が()れた。 「無抵抗な者を撃つなと言ったあなたは、撃たれたんです。無抵抗なあなたを撃ったαを殺して、なにがいけないんですかッ!」 「それでもだ!」 左手を動かして、アキヒトの拳銃を止める。 「ユキトを撃てば《トリスタン》を止められない」 「その情報だって、本当か疑わしい!」 俺の左手から、強引に拳銃を取り上げた。 照準を合わせるのは、α……… 「俺たちを惑わせるために、偽の情報を流している可能性があります。《トリスタン》なんて、最初から落とす気はないんですよ! 卑劣なαの考えそうな事だ!」 鈍色(にびいろ)の銃口の先に立つのは、ユキト 「《トリスタン》の言葉を出して、あいつは統帥を陥れているんです」 「それでも…………」 月が、ささめいた。 湖水の蔭で……… 「《トリスタン》が落ちる可能性は、ゼロではない」 カチリ 撃鉄の下がる金属音が響いた。 「ナツキを渡してもらおう」 月影に白い機影を背負う、無機質な声が風に聞こえた。 「怪我をしている。治療が必要だ」 「お前が撃っておいて、なにをッ!」 銃口が仄暗い牙を剥いた。 「手荒な真似はしたくなかった。だが、こうしなければ君はナツキを渡してくれないだろう?」 「黙れッ。治療は俺がする。《憾》の中で」 そうして 「《憾》でお前のジェネラルごと、お前を駆逐する」 「アキヒトっ」 「無駄だ」 感情のない言葉を刻んだのは、ユキトだった。 「ニューロンジャマーを起動した。君のジェネラルは動かない」 (しまった) 油断した。 電子信号を阻害し、ジェネラルを強制停止させるニューロンジャマーは、高度な技術を要する。 ニューロンジャマーを搭載しているジェネラルは、俺の《荒城弐式》とアキヒトの《憾》だけだ。 (しかし、ユキトのジェネラルもα新型) ニューロンジャマーを搭載していても、不思議はない。 ニューロンジャマーは起動に時間が必要だが、起動時間も十分に与えてしまった。 「貴様ァァッ!卑怯だぞッ!」 「戦争は結果が全てだ。俺の策に気づかなかった、己が未熟さを悔いろ」 「五月蝿(うるさ)い。αが分かったふうな口を聞くな。 統帥を貴様の駒にはさせない」 「ナツキを駒にはしない」 カツン 一歩 銃を構えたユキトが近づいた。 「《トリスタン》を止められるのは、ナツキだけだ」 ナツキのサポートを、俺は全力で行う。 その上で……… 「ナツキに認められる男として、俺はナツキを大切にする」 「だったら、尚の事ッ」 引き金にかかった指に力を込めた。 「統帥を渡すものかァァァーッ!!」 「双方、撃つな!」 ユキトと、アキヒト 二人の間に俺は立つ。 「ユキト、お前の想いは分かった……」 「統帥っ」 ユキトに向かって、一歩 歩みを進めた俺の背後で聞こえた、アキヒトの声 小さく(かぶり)を振った。 ユキトへ……… 「ナツキである前に、俺はシルバーリベリオン……Ω解放軍 統帥だ。 皆と約束した。投降はしない。降伏もしない、と」 ………………だが。 「《トリスタン》は止めなければならない」 ユキト アキヒト 「俺たちは戦争を起こした責任者として《トリスタン》を止める責務がある」 だから……………… 一歩、また一歩 進む歩みは、更なる戦争へか。 戦争は恨みの連鎖だ。 止められない。 憎しみに染まった心が、元には戻らないように…… しかし それでも 不可侵の良心だけは、汚してはならないんだ。 (守るべきものがあるから、戦える) 最後の一歩を刻んだ。 そこは ジェネラルの機上ではなく 遥か眼下……………… 月の眠る湖水へ 俺がいなくなっても、Ω解放軍は消えない。 戦争は続く。 しかし 俺がいなくなる事で《トリスタン》投下までの時間稼ぎはできる。 遥か眼下へ 底の見えない湖へ 身を落とす。 さようなら 日本……… 我が祖国よ……… 「ナツキィィィィー!!」 声が降ってきた。 月夜の湖水に。 俺の手を握って、声が月から降ってくる。 今宵は半月 あの月は、俺の欠けた半身なのだろうか? (じゃあ……) 俺の手を握るあたたかい体温は? (欠けた半身を、ようやく見つけたんだ) 月が(わら)ってる ユキト………………

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