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Ⅲ【トリスタン】 第5話

バサンッ 黒い空に白い布が開いた。 「離せ」 「暴れるなッ」 ユキトがパイロットスーツに装着されたパラシュートを開いた。 風に煽られた白い布が(きし)んでいる。 パラシュートは一人用 緊急脱出用のパラシュートでは、重量オーバーだ。 「離せっ、二人とも死ぬぞ!」 俺を離せば、ユキトは助かる。 「お前も生きるんだ!ナツキ」 もがくが俺を(とら)えた腕は緩まない。 「なにを言ってッ」 空に飛び込んだ時……… この湖に身を投げた瞬間 俺は決めたんだ。 こうする以外、ほかに方法はない。 「ユキト!お前だからッ」 お前になら託せる。 《トリスタン》投下までの時間稼ぎに、この命を使うと。 お前だから、決意できたんだ。 信じている……… だから、俺は……… (俺の命をお前にやった) 渡した……のに。 「お前が死んだら意味がない!」 堅固な腕が心臓ごと、俺を抱きしめた。 「俺と一緒に生きるんだ!ナツキ!!」 ………………なんで? そんな事 今更そんな……… …………俺を、惑わせるんだ? 「………もう、遅い」 助かるのは一人だけ 「俺を離してくれ……お願いだから」 パラシュートが降下する。 二人分の体重は支えられない。 このままでは、お前までッ! 「ダメだ。お前が生きると言うまで離さない!生きると言ってくれたら、お前をずっと………」 抱きしめる 「俺が、ナツキを離したくないんだ」 お前は………… 「…………ズルい」 ………………………男だ。 俺を離せば助かるのに。 馬鹿だ。 お前も 俺も (こんな方法しか選べないなんて) 戦争して、命を殺して 命を紡ぐために、己が身を湖に落とす。 馬鹿な生き方しかできない 命を紡ぎたいのに、 互いの命を助けたのに、 二人とも 俺たちは、死ヌんだよ………… もうすぐ 触れ合う体温の熱も分からなくなる……… 白い機影の噴射口が鼓膜を震わせた。 パラシュートの白い布が(ひるが)った…… 湖水が夜に。 楕円を描いて押し寄せた。 風を切り、湖面を刈って、夜を駈ける翼の火が、天高く波飛沫を噴き上げる。 《ローエングリン》!! なぜ? 『飛べェェェーッ!!』 傾いた機体が歪んだ音を立てながら、俺とユキトを受け止めた。 「アキヒト!」 《ローエングリン》を操縦しているのは、アキヒトなのか。 『統帥っ、無事ですかっ』 ニューロンジャマーにより《憾》が空中停止してしまった今、《ローエングリン》に乗り込み、アキヒトが俺を救いに来たのだ。 俺とユキトを手に乗せて《ローエングリン》が上昇する。 月へ…… 噴射口から白い火を放ち、距離を縮ませていく。 「統帥っ!」 《ローエングリン》を自動操縦に切り替えたアキヒトが、コックピットから飛び出してくる。 足元がおぼつかない。 《ローエングリン》は、α-ユキト専用機だ。 感応性の違うジェネラルを操縦できたのは、アキヒトのパイロットセンスの賜物だ。 βのアキヒトが、αのジェネラルを操縦したのである。 肉体と精神に与えた負荷は計り知れない。 アキヒトを支えようと立ち上がった俺は…… ……………………どうしてだ? 体が……………… 動かない バタリ、と 倒れた俺を抱き起こしてくれたのは、ユキトか? 心臓が苦しい。 ハァハァハァッ 呼吸が上手く紡げない。 額と頬……首筋にも。 触れたユキトの手の冷たさが心地良い。 「……微熱がある」 「αァッ!統帥に何をしたッ!」 微かに開いた瞼の裏に、アキヒトが映った。 俺の体は、アキヒトに抱かれているみたいだ。 「……心配するな。少し休めば」 乱れる呼吸の狭間で、なんとか言葉を作ったが…… 「休んで治るものじゃない」 鼓膜を冷冽(れいれつ)な声が穿(うが)った。 ユキトだ。 「発情している」 ………いま、なんて? 「ナツキの体の異変は、Ωの発情期の症状だ」 どうして? 俺、薬飲んでるのに。 …………まさか、薬が効かなくなった?

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