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Ⅲ【トリスタン】 第19話

今宵、月が散る。 Ω解放軍への指示は伝達した。 「アキヒト、陣形を報告しろ」 「《荒城弐式》を先頭に、横陣。《荒城弐式》以外のジェネラルは後方に控えています」 「傍にジェネラルはいないな」 「はい。《荒城弐式》は孤立しています」 それでいい…… 「無線を《荒城弐式》に繋げ。最終指示を出す」 「了解」 指がパネルを滑る。 通信を操作するアキヒトの肩に、腕を置いて頬杖を突く。 俺は《憾》の中 操縦席のアキヒトの膝の上に座っている。 「無線を繋ぎました」 「よし」 『Ω解放軍、全部隊』 俺の声は《荒城弐式》よりΩ全ジェネラルに繋がっている。 通信上、俺は無人の《荒城弐式》の中にいる……という事になる。 そう無線を操作した。 『総員待機せよ。持ち場を動く事は、離反とみなす。 我らのαへの憎悪は深い。 しかしながら! 憎悪よりも優先すべきものは何か。 我らが戦いを決意し、戦ってまでも勝ち取りたいものと真摯に向き合え!自ずと分かる筈だ。 これは我々の存在理由(リーゾンデートル)を示す戦いである。 戦争の秩序を保つため、諸君の正義を示せ。正義無くして、新日本国建国の革命は成し遂げられぬ』 我らはαとは違う! 『決して動くな。持ち場を守り、待機を徹底せよ!』 フッ……と。 笑みが漏れた。 (我ながら……) クサイ芝居だ。 「……まるで『動け』と言っているようですね」 クスリ、とアキヒトが口許を押さえる。 「焚きつけてますよ?」 「滅多な事を言うな。俺はあくまでもΩ解放軍統帥として、守るべき信義を解いただけだ」 「……まぁ、こうしてくれた方が後々俺も動きやすいですけれど」 α軍はほぼ撤退したか。 「もうすぐだ」 記念すべき破滅の時は、もうすぐ…… 「統帥」 不意に。 体が浮いた。 (いだ)きしめられた体は、アキヒトと向き合って…… こつん…… 肩にアキヒトの額が当たった。 「……俺は作戦に反対です」 「今更、何を」 「今を逃したら言えません」 「……言ったところで、俺が作戦中止を命じると思うか」 「思いません」 絞り出した息が冷えていた。 「止めてもあなたは行ってしまう」 だからといって。 「止めなければ、俺は男ではありません」 肩口に頭をうずめる彼を、そっと撫でた。 「ありがとう、アキヒト」 もう一度、柔らかな茶色い髪を撫でた。 「お前を信頼しているから、作戦を実行できるんだ」 「……分かっています」 「だから……」 言いかけた言葉は、出なかった。 唇を塞がれている…… アキヒトの唇で 「帰ってきてください」 俺のもとへ…… 「あなたは、俺の子を産んでくれる大事な体なんですから。何かあっては困ります」 無理矢理つくった微笑みを見せられては、うなずくしかないではないか。 「分かった。努力する」 「そこは『努力する』じゃなくって『協力する』……ですよ、統帥」 だって。 「子作りは、一人じゃできないでしょ?」 「………………そ、そうだな」 「赤くなって、もう……統帥ってば可愛いすぎ」 ……チュッ 口づけを交わした、刹那。 月が燃えた。 閃光が煌めく。 バチバチバキバキィィッ!! 光弾が裂ける。 モニターが映し出した、爆炎 業火の渦に取り巻かれた漆黒の機影 (ありがとう、我が愛機……) 《荒城弐式》 《ローエングリン》長距離砲デュナミス 命中 《荒城弐式》被弾 火柱を噴き上げて、空を焼き、漆黒の蔭が炎上する。 それは、『俺』が死んだ瞬間だった……

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