73 / 288

Ⅴ【マルク】第0.5話 (おまけ+)

*《おまけ+》* -the view of the マルク- ユキトらしからぬ乱暴な下ろし方で、尻餅をついてしまった。 無機質な黒いガラスの眼が、俺を見下ろしている。 「いつまで呆けている。 それとも?……脚を開いて、ここでヤって欲しいのか」 (なっ!) うつむいた俺に、立ち上がる以外の選択肢はない。 ユキトの顔は……見ない。 「こいつは私の部屋に放り込んでおけ」 「しかしっ、シキ一尉。捕虜にそのような待遇はっ」 「口が過ぎるぞ。ハラダ一等兵」 「はっ。申し訳……」 「謝罪はいい」 怜悧な双眼が射貫く。 「小賢しくもΩ叛乱によって、我々αにあてがわれるΩが不足している。 政府のΩ配給は、いつになるか目処(めど)も立っていない」 だからこそ…… 「こうして獲物を刈ってきたのだ」 (アゥっ) 掴まれた左腕が高く吊るされて、見世物になっている。 「……この意味が分かるな?」 生温かい唇が、耳を噛んだ。 「では、検査だけでも」 「検査、か」 「捕虜の健康及び性病の有無の確認は、国際軍事法上も必要な事かと」 「……なるほど」 (おい、ユキトっ) なにが『なるほど』だっ。 (俺は性病なんか持ってないぞ!) キィっと黒瞳を睨む。 (……俺は、そのっ………) …………………………童貞、だから。 「処女に検査が必要だとも思えんが」 (なァァッ!!) ここで、それを言うなァッ 確かに、そのぉぉぉーっ。 …………………………後ろも無垢…だけど。 でもっ。 そんな言い方したら…… (《ローエングリン》の中で、ヤったみたい…じゃないかァァッ!!) 「暴れるなッ、このΩッ」 全身で抗議を試みるが、ユキトに片手でひねり上げられてしまった。 「性病検査は国際軍事法で必須だ」 違うな! 間違っているぞ、ユキト! 国際軍事法・第32項で、捕虜の人道的立場にのっとった健康管理義務の明記はあるが、性病検査の規定はない。 それは第32項の拡大解釈だ。 「性病を疑っていたら、飲んだりしないっ!」 …………………………飲む、って 「貴様の吐き出した、はしたないモノは全部飲み干したんだ。性病でない事は分かっている。これは念のための措置だ。落ち着け!」 (ダアァァァーッ!!) 落ち着けるかーッ!! ユキトの馬鹿! この天然! ド変態ーッ! ………………………………αなんか嫌いだ。 (ハゥゥっ) 右肩を掴まれて痛みが走る。 ユキトに撃たれた場所だ。 着衣を剥かれて、包帯を取り払われた。 チュゥゥーっ 熱い唇に吸われて、じんっと痺れる。 肩だけじゃなくって、全身が微熱を帯びる。 「ようやく落ち着いたか……」 見上げたブラックダイヤの瞳 雄の欲を内に潜め、欲を抑えて抗う濡れた玲瓏が色っぽい。 (俺の知ってるユキトの眼だ……) 「どうだ、いい催淫剤だろ?」 フアぁっ……と、熱っぽい吐息が漏れた。 舌が動物みたいに、傷口を舐めたから。 「捕縛の際に暴れたので撃った。右棘上筋(みぎきょくじょうきん) 銃痕の治療も行え。このΩは私のペットだ。傷痕が残らぬようにな」 「承知しました」 (もしかして、ユキトは……) 俺に治療を受けさせるために、わざと? 「それと見ての通り、このΩは声が出ない。特殊なケースであるゆえに、尋問は私が執り行う」 「はっ」 「連れて行け。性病は簡易検査でいい」 ……って、やっぱりそっちもやるのかーッ! キィっと黒瞳を睨むが、背中をポンっと押されてしまう。 クッ………こんな筈ではッ 俺に選択肢はない。 性病検査などという屈辱ッ ふらつく足で、苦杯に満ちた一歩を踏み出した…………瞬間 グラリ 足元が揺れた。 俺だけじゃない。 突然の振動に、ユキトも作業員達も足を取られる。 艦が、揺れている。 (マルクが浮上している?) なぜ…… このタイミングで、一体? どこへ行くつもりだ。 なにが起こっている?

ともだちにシェアしよう!