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Ⅳ【捌里】第14話
「行こう」
後ろ手にして、俺の両手にユキトが手錠をかけた。
外では《ローエングリン》の着艦作業が始まっている。
戦闘のどさくさに紛れてユキトを殺そうとしたα共だ。逆に正面から堂々と帰還されては、手が出せないという事か。
考えたな、ユキト
お前の策に乗ってやろう。
「艦内での作戦は話した通りだ。ナツキは捕虜のΩだ。識別データは……」
俺がうなずく。
「……そうだったね。『血のバレンタイン事件』で破壊しているなら問題ない。
『ヒダカ ナツキ』に辿り着くのは不可能だ」
例え、辿り着いたところで、シルバーリベリオンが俺だと知る事はできないだろうがな。
それこそ、自白剤でも使わなければ……
声帯の麻痺毒を施したユキトに感謝せねばなるまいか。
αがΩを管理する生体識別システムは、『血のバレンタイン事件』を引き起こすきっかけとなったΩ蜂起の際に、データを全て破壊した。
俺達を縛る鎖は断ち切る。
俺達は、お前らの家畜じゃない。
明日が欲しいんだよ
俺達は
α……
お前達のいない明日がな
データを消去しても、俺達は思い出すんだ。
αを見る度に、お前達に飼われていた過去が見えてしまうんだッ。
お前達がいる限り、過去に囚われ続けてしまうんだよッ!
だから…………全員、消えろ!!
邪魔だ。
不必要だ。
過去に囚われて生きる未来は要らない。
俺達の未来に、お前達は要らない。
全員、消えてなくなれ!!
…………………………ユキトは?
ユキトも、か?
例外は認められない。
認めてはならない。
認めては………
過去も、現在も、未来も否定しなくてはならなくなる。
俺一人の未来じゃないんだッ
Ω皆の過去、現在、未来だから……
いつか……
遠くない未来に、俺はユキトを殺 める
そんな未来が、いつか必ず来る。
俺はッ!!…………
戦争の意味を見失いつつある俺はッ
………………これからも戦えるのか?
「ナツキっ」
体は逞しい体温にきつく抱 かれた。
「ハッチが開いたら、こんなふうにナツキに触れられなくなる」
俺達は、敵同士
αとΩだ。
「だから、もう少しだけ……」
あと少し……
「抱きしめていたい」
鼓動が響く。
胸の音だけが、トクトクと……
時を刻む……
「俺がナツキを守るよ」
吐息が唇に触れた。
触れるだけの口づけだった。
外の機械音が沈黙した。
着艦作業が終わった。
ハッチが開く。
「α-大日本防衛軍 一尉 シキ ユキト《ローエングリン》帰還した」
作業員が一斉に敬礼する。
コックピットに向けて伸ばされるタラップの到着を待たず、俺を肩に担ぎ上げ《ローエングリン》からユキトが飛び降りる。
「……おい、Ω……なんだ、その目は?」
俺を肩に乗せたまま、冷えた黒瞳の一瞥が突き刺す。
「色目を使って……そんなにまた、俺に慰めて欲しいのか?」
………………ユキ…ト?
「つくづく色情狂だな。雄の性器なしではいられないとは」
クッと口角を吊り上げた。
「淫乱な動物め。可愛がってやろう。所詮Ωはαのペットだ」
ヌチャリ……と舌が、俺の唇を舐めた。
「Ωの猥褻 人形を捕縛した。
国際軍事法の手前もある。捕虜として一応、丁重に扱うようにな」
俺を舐めた赤い舌先を出して、ユキトがチロリと舌なめずりして見せる。
戦艦マルクという名の戦場が、幕を開けた。
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