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Ⅴ【マルク】第2話

艦内の揺れが止まった。 突然の戦艦マルクの浮上と停止 地下 ジェネラル格納庫に、α兵士が駆け込んでくる。 「政府専用機が到着します」 「聞いてないぞ」 先刻まで機乗していた背後の白い機影を、視線が見返した。 《ローエングリン》内でも、そんな通信は受けていない。 「それが……先程、入電がありまッ」 報告は最後までできなかった。 床に崩れ落ちたα兵士 吹っ飛んだ体は気絶している。 鳩尾(みぞおち)に一発 俺が……蹴りを入れてやった。 (政府専用機だと) 乗っているのは、誰だ。 首相か、大臣か? いずれにせよ、政府要人である事は間違いない。 (計画は大幅な前倒しだ!) ……口の端に弧を描く。 (到着は甲板(デッキ)だな) 「捕虜が脱走したぞ!撃て」 ツンッ、トゥーンッ 銃弾が掠める。 「撃つなッ!あれの始末は俺がする!」 ニ、三発 逸れた銃弾が足元を穿った。 (いいぞ、ユキト) αを足止めしろ。 俺はデッキへ向かう。 何でもいい。通路を走れば、外に出られる筈だ。 (専用機から降りてきたところを、隙を見て強奪してやるよ) チャリン…… 後ろ手に、俺の両手を戒めていた手錠を外した。 あらかじめユキトが金具を緩めてくれていたので、解錠は容易い。 艦内の一室に立て籠れば、アキヒトが助けに来てくれる。 あいつは俺の騎士(ナイト)だ。 必ず来る! (政府要人を人質にする) こいつを交渉材料にして《トリスタン》を止める。 いや…… それだけじゃない。 人質解放を条件に、日本のα領土の割譲を要求するか。 愛知、岐阜……それとも福井・石川がいいか どこにしてやろう? (卑怯だと(ののし)るか?) 違うな。 (これは、血を流さないための極めてハイレベルな戦略だ) 戦争という野蛮な行為など、誰もしたくないんだ…… (感謝しよう、α) 貴様らの愚鈍な計略によって、戦争は早期に終結しそうだよ。 《トリスタン》阻止に動いた矢先で、これは思わぬ副産物だ。 フハハハハハーッ ありがとう、α共 お前達の愚かな行いのお蔭で、α! お前達の死期が早まったよ! 通路を曲がろうとしたところで、背後から肩を掴まれた。 ユキト、もう追いついたか。 さすがは軍で訓練を受けているだけの事はある。 ユキトに腕を引っ張られて、奥まった通路の突き当たりに引きずり込まれた。 ドンっと背中に壁の冷たい感触が伝う。 (おいっ) 声が出ないのが、もどかしい。 捜索の目をくらまそうという作戦か。 だが、こんな事をしていては政府専用機が着いてしまう。 早くデッキに出なければ。 どけ! 睫毛が触れそうなくらい……近くにあるブラックダイヤの双眸が、もの哀しく揺れたのはなぜだ? ユキト………今は時間がないんだ。 立ち塞がるユキトの肩を押した。 その時だった。 カチャリ 「抵抗するな。動けば足を撃つ」 俺の左大腿に突きつけられた、銃口 (どうしてッ) お前だって分かってるだろう。 今が好機なんだ。 《トリスタン》の投下を止める好機を、なぜお前が阻む? お前もαだからかッ! αだから、政府要人を利用するのに反対するのかッ ユキトッ!! 「Ω捕虜を回収した」 耳にかけたイヤホン型無線機のランプが光った。 「P5通路3号8区画だ。手錠を用意しろ。首輪と目隠しもな」 なぜ、俺の邪魔をするッ 答えろッ、ユキトッ!! 無線のランプが光っている。 「暴れる事はない。今から薬で眠らせる」 間近に迫ったブラックダイヤの瞳が見えたのが、最後だった。 鼻と口に薬品臭い布を押し当てられて…… 瞼が落ちる…… 意識が闇に堕とされる……

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