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Ⅴ【マルク】第3話
力を失って落ちる右手を、俺は掴む事ができない。
その右手で、お前は誓いを結んだのだろう。
騎士と………
この世界を賭けて、運命を廻 す契りを立てた、ナツキ……
お前の右手を取る事が、俺にはできない。
(嫉妬しているのか?)
違う。
(怒りだ)
これは、騎士への憤怒
なぜナツキを堕とした?
戦争という名の地獄の底になぜ、ナツキを沈めた?
ナツキはもう、俺の手の届かぬところにいる。
騎士ならばなぜ、こうなる前にナツキを救わなかったッ
ナツキは戻れない。
ナツキは戦犯だ。
この戦争の首謀者であり、責任者であり、戦争を引き起こした罪人であるのだ。
……戦争が終結しても、戦犯の事実は消えない。
例えΩが勝利して、新国家の樹立が叶ったとしても……
(英雄にはならないだろう)
彼の心がそれを善しとはしない。
罪 は消えない。
彼は罪を背負うだろう。
ナツキは、そういう人だ……
だから。
(ナツキを守らなければ)
俺が、この手で。
俺しかできない。
俺しかいない。
ナツキを守るのは、俺だ。
あの騎士ではない!
(ナツキに戦犯の烙印を押した騎士を、俺は絶対に許さない!)
ナツキと契約した偽りの騎士
お前は、ナツキと共に沈む事を選んだのだろうが。
欺瞞 だ!驕 りだ!
お前にナツキは守れない。
沈むお前の手では、ナツキを引き上げられないんだよ。
(俺は沈まない)
あの騎士のように。
共に沈む道は選ばない。
俺まで一緒に沈んだら、浮かぶ希望がなくなるだろう。
人って弱いからさ
希望がないと進めないんだ。
俺も、ナツキも一緒だよ
ナツキの帰る場所になる。
俺が、ナツキの最後に帰る居場所だ。
帰る場所が、必ず希望を与える。
お前の生きる道に
戦争の沼に足をすくわれても
俺が、もうお前を沈ませない。
引き上げてみせる。
最後にナツキの手を取るのは、俺だ。
偽りの騎士、お前じゃない。
俺は俺のやり方で止めてみせる。
《トリスタン》も
戦争も
ナツキも……
「……連れて行け」
薬で眠らせたナツキを、無線を受けて駆けつけた二人の警備兵に委ねた。
「はっ」
ナツキの手に手錠がかかり、閉じた瞼に黒いアイマスクを被せられる。
「それは俺が付けよう」
ガラン……
冷えた鉄が手の中で鳴った。
ガシャン
重い金属音が響く。
自らの手でナツキにはめた首輪に、指を添わせた。
この艦内で、お前はαに飼われるΩだ。
俺に飼われろ。
Ω、αの俺が飼ってやる。
「……躾 てやるよ」
警備兵から受け取った、白のマントを肩にかける。
政府専用機はデッキに着陸したか。
本来ならば正装で迎えるべきところだが、急遽の来訪だ。
略式の正装は仕方なかろう。
宵闇の風にマントがはためく。
デッキポートに到着した機体を、一斉にライトが照らす。
ハッチが開いた。
「敬礼!」
ザッ
靴音が鳴った。
政府専用機を出迎える戦艦マルクの兵士達が、一糸乱れぬ敬礼姿勢をとる。
カツン、カツン……
専用機から降りる人影……
貴方がなぜッ
マルクに…………
カツン、カツン、カツン
貴方ほどの要職の方が、どうしてわざわざ最前線に赴いたんだッ?
………………カツン
「久し振りだね」
足音が止まった。
「シキ一尉……いや、再会を祝してユキトと呼ばせてくれないか」
風が鳴いた。
ヒュウウー……と
もの哀しい音色は、透明な糸を弾いた竪琴に似ている。
「私は文人 であるがゆえ、前線で戦うお前の考察には一目置いている。頼りにしているよ」
「はっ、もったいなきお言葉です。副総理」
「おいおい」
クスリ……
デッキに吹いた風が運んだ、小さく笑んだ声
「ずいぶん他人行儀じゃないか?私達は兄弟だろう」
日本国 第4次オオキ改造内閣
副総理 シキ ハルオミ
「マルク総員に告ぐ。本艦は我が指揮下に入った。
全員、私の指示に従え。
我が言葉は総理の言葉だ。日本国に忠義を尽くせ」
月を隠していた雲が散った。
「詠唱 せよ!」
どこからともなく、声が空を割った。
「日本万歳!!」
雲間の月に拳を突き上げる。
日本万歳!!
日本万歳!!
日本万歳!!
日本万歳!!
咆哮が立ち上がる。
新たな運命の糸がつま弾かれる。
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